新年
年明け。
莉子は例年通り、親戚たちと一緒に近くの神社へ初詣に行った。
みんなでワイワイしながらお節を食べ、夜は残った親戚たちで新年会を行う。
そして、翌日の昼前。
莉子と母親は、車で自宅に戻ってきた。
母親は友人と会う約束があるらしく、莉子を降ろすとすぐ「夜には帰るわ!」と出発する。
莉子は荷物を持って家の中に入った。
空気は冷たく冷え切っている。
「寒っ!」
莉子は思わず身を縮めると、急いでリビングの暖房をつけた。
カーテンを開けて回ると、自分と母親の洗濯物を洗濯機に入れて回す。
そして、冷蔵庫からペットボトルのコーラを取り出すと、リビングのソファに座った。
窓の外に見える隣の家をながめ、大きなため息をつく。
「……嫌な話聞いちゃったな……」
嫌な話とは、もちろん「ぬいぐるみが動いた」話だ。
後から、渚にそれとなく尋ねたところ、結月の母である真由美は、オカルトを信じるようなタイプではなかったらしい。
(まあ、そうだよね。弁護士さんだもんね……)
その真由美が、亡くなる直前に「ぬいぐるみが動いた」と騒いでいた――
普通に考えれば、精神的に病んで幻覚などを見た可能性が高いと思う。
しかし、むぎに対して不気味なものを感じている莉子としては、どうしてもそうとは思えなかった。
(もしかして、本当に動いているところを見たんじゃ……?)
そんな気がする。
(……でも、私、実際に動くところは見ていないんだよね)
莉子は今まであったことを思い出した。
むぎが向かいの家の窓辺からこちらを向いていたこと。
いつの間にか、ウッドデッキに座っていたこと。
風もないのに、ゆっくりと倒れたこと。
そして、なぜかいつも目が合うように感じること。
むぎの黒い瞳を思い出し、莉子は思わず身を震わせた。
ただのぬいぐるみのはずなのに、思い出すだけでお腹の底から嫌な感じが沸き上がってくる。
(でも……別に動いているところを見た訳じゃないんだよね)
どれも“見落とし”や“気のせい”で片付けられるレベルで、動いているという証拠はない。
そもそも、布と綿でできたぬいぐるみが動くこと自体がありえない。
(……ちょっと、AIに聞いてみようかな)
莉子はスマホを取り出すと、文字を打ち込んだ。
『ぬいぐるみが勝手に動くことってありえるの?』
少ししてから、回答が画面に表示された。
――――――――――――――――
「ぬいぐるみ(人形)が勝手に動いた」という話自体は世界中にあります。
<有名な話>
・お菊人形(岩手):髪が伸び続けると言われている
・アナベル人形(米国):独りでに動いた、位置が変わったという証言から広まった
・ロバート人形(米国):悪さをするたび人形のせいにされ、「呪われた人形」として有名になった
ただ騒ぎになったケースの多くは、すきま風や地震の振動、経年劣化による姿勢の変化などで説明がついています。
それに、暗闇では人は無意味な影や模様にも顔や動きを感じ取ってしまう「パレイドリア」という心理現象もあります。
科学的に「人形が自律的に動いた」と証明された例は、今のところありません。
――――――――――――――――
(……だよね)
莉子はため息をついた。
オカルト映画やホラー小説では、人形が動く話などいくらでもある。
でも、それはあくまで物語の中の話であって、現実ではない。
(私、考えすぎだな……)
莉子は立ち上がった。
下手に時間があるから考えてしまうのかもしれないと、猛然と掃除を始める。
*
そして、莉子が家に戻ってきてから、3日後。
夜、莉子がバイトを終えて帰宅すると、隣の家に直樹の車が停まっていた。
見上げると、部屋にも明かりがついている。
(帰ってきたんだ)
結構長旅だったんだな、と思いながら、莉子は自宅に入った。
先に帰ってきていた母親と軽く会話を交わすと、2階の自室に上がる。
そして、ベッドに寝転がってのんびりと漫画を読んでいると。
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴った。
しばらくして、下から「莉子―!」と母親の声がする。
「はーい!」
誰か来たのかなと思いながら、莉子が下に降りると、
そこには直樹が立っていた。
手にきれいな紙袋を持っている。
直樹がにこやかに頭を下げた。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「こちらこそ。今年もよろしくお願いします」
莉子が挨拶を返すと、直樹が母親に紙袋を差し出した。
「これ、お土産です。よかったら召し上がってください」
「ありがとうございます」
莉子が紙袋を覗き込むと、中には高級そうなお菓子の箱が入っていた。
直樹が微笑んだ。
「鎌倉のお菓子です。結月が莉子ちゃんが好きだろうって選んでくれたんです」
「そうですか」
莉子は微笑んだ。
私も何か買って来れば良かったかな、と反省する。
直樹が残念そうな顔をした。
「本当だったら、結月が直接渡したかったと思うのですが、今風邪をひいていまして……」
直樹によると、昨日から熱が出てしまい、今は寝ているらしい。
お菓子が生菓子だったため、仕方なく直樹が渡しに来た、とのことだった。
「旅行なんて滅多にしないので、疲れたのだと思います」
母親が心配そうな顔をした。
「お大事にね。仕事は大丈夫なの?」
「はい、今週と来週、リモートにしてもらったので、問題ありません」
莉子は口を開いた。
「あの、結月ちゃんにお菓子ありがとう、お大事にってお伝えください」
「ありがとうございます、きっと喜びます」
直樹が嬉しそうに頭を下げると、帰っていく。
その後姿を見送りながら、莉子は密かに息を吐いた。
結月が風邪をひいてしまったのは可愛そうだし、会えなかったのも残念だが、
むぎを見なくて済んだのは良かったと思う。
その後、莉子は母親と一緒にもらったお菓子を食べた。
可愛らしいレーズンサンドで、中のクリームが滑らかでとても美味しい。
莉子が美味しく食べていると、母親が感心したように言った。
「結月ちゃん、あんたの好みよく知ってるわね。あんたレーズン好きだもんね」
「そうだね」
莉子はお菓子を見つめた。
本当に好みど真ん中だ。
(私もお礼に何か買わないとな)
ふと、年末に1人庭で立っていたことを思い出すが、
かなり時間が経ってしまったし、とりあえず会ってみて考えよう、と思う。
お菓子を食べ終わると、莉子は2階に上がった。
夜遅くまで映画を見て、そのままベッドに入る。
うとうとしている間に遠くから犬の遠吠えを聞こえた気がするが、
眠くて特に考えることもなく、そのまま眠りについた。




