大学の友人たち
隣に父子が引っ越してきた、翌日の昼過ぎ。
莉子は大学へ行くため家を出た。
歩きながら、ふと隣の家に目をやると、玄関に子ども用の傘と男性物の傘が立て掛けられている。
(そういえば、小学校っていつから始まるんだろう)
そんなことを考えながら、莉子は駅へ向かって歩き始めた。
莉子の通う大学は、電車で15分ほどの場所で、ドアツードアで30分ほどだ。
家から近いという理由で選んだが、正解だったと思っている。
しばらくして、莉子は最寄り駅に到着した。
昼間の閑散とした電車に乗り込んで、スマホをチェックしていると、大学近くの駅に到着する。
そして、改札から出て、学生らしき若者たちに交じって大学へ歩き始めた――そのとき。
「……莉子」
後ろから小さな声が聞こえてきた。
振り返ると、そこには日本人形を彷彿とさせる長い黒髪の小柄な娘――溝口れい奈が立っていた。
黒いパーカーの下に、おびただしい数の目玉が描かれた物凄く目立つTシャツを着ている。
(うわあ……)
莉子が顔を引きつらせていると、れい奈が速足でやってきた。
莉子の隣に並んで歩き出すと、ボソボソと口を開く。
「……おはよ、莉子。昨日はお疲れ様」
「うん、お疲れ様。――って、またすごいTシャツ見つけてきたね」
「ふふ、いいでしょ、古着屋で見つけたんだ」
嬉しそうなれい奈に、莉子が「褒めてはないけど」と苦笑する。
れい奈は、社会学部2年生で、同じ映画同好会サークルに所属している。
日本人形っぽい髪型や服の趣味を含め、かなり変わったところはあるが、同じ映画好きということで仲良くしている。
れい奈から目玉Tシャツを発見したときの話を聞かされながら、莉子は大学に到着した。
大学は、つい昨日までの新入生歓迎週間の賑やかさから一転、どこか疲れた雰囲気だった。
新入生と思われる学生たちが、慣れない様子でキョロキョロしながら歩いている。
新入生たちを眺めながら、れい奈が、ぽつりと言った。
「……早いね、うちらも去年はあんな感じだった」
「本当にあっという間だね」
そんな話をしながら、莉子はれい奈と共に、サークルの部室がある学生会館に足を運んだ。
2階に上がると、一番端の『映画同好会』というプレートが掛かっているドアに手を伸ばす。
ガチャリ
中は、大きな机が真ん中に置かれた狭い部屋で、
壁際には本やDVD、パンフレットなどが詰まった棚が並んでいる。
中央の机には、頭の良さそうな眼鏡の男子――田中悠斗が座っており、パソコンをいじっていた。
顔を上げて莉子を見ると、口角を上げる。
「おはよう、昨日はお疲れ」
そして、れい奈のTシャツに目を移し、片手で眼鏡を上げながら苦笑した。
「……それ、どこで買ったの?」
「古着屋、いいでしょ」
「俺はそのTシャツを先に買った人がいることが驚きだよ」
その後、3人は昨日まで開催していた新歓イベントの後片付けを始めた。
展示した資料を片付け、書いてもらった連絡先の整理をしていく。
上映会で流した名作映画のDVDを棚に戻しながら、れい奈が残念そうに口を開いた。
「……こういう、ありふれたやつじゃなくて、ガツンとホラーとか流したかった」
「いや、ホラーはダメでしょ、苦手な人多いし」
「私はホラーを語り合える仲間が欲しい」
れい奈は大のホラー映画好きだ。
オカルト全般に興味があり、ホラー系の動画や本にも目がない。
映画同好会は好きだが、ホラー好きがいないのが不満らしい。
2人の会話を笑って聞きながら、莉子は展示したパンフレットを片付けた。
パンフレットに印刷された犬を見て、ふと思い出す。
(そういえば、あの子が持ってたぬいぐるみ、こんな感じだった)
莉子は2人にパンフレットを見せた。
「この犬、何ていう犬か知ってる?」
悠斗が顔を近づけると眼鏡を上げた。
「……たぶん、トイプードルじゃないかな」
「え、トイプードルって茶色じゃないの?」
「白いのもいるんだよ」
莉子が「そうなんだ」とパンフレットをながめていると、れい奈が首をかしげた。
「白いトイプードルがどうしたの?」
「昨日、隣に越してきたお父さんと小学生の娘さんが引越しの挨拶に来たんだけど、その子がこの犬そっくりのぬいぐるみを抱えててさ」
れい奈が、ふうん、と不思議そうな顔をした。
「小学生の女の子が、引っ越しの挨拶にぬいぐるみ持ってくるって、ちょっと変わってるね」
「そうなのかな……?」
莉子は首をかしげた。
昨日は可愛いくらいしか思わなかったが、なにか変わっているのだろうか。
悠斗が口を開いた。
「別に変わってはないんじゃないか。最近大人でもぬいぐるみ持ち歩いてるし」
れい奈が「確かに」と頷いた。
「流行ってるもんね、ぬい活。私もやろうかな」
「……れい奈はやめた方がいいんじゃないかな」
ボソッと言う悠斗に、莉子は思わず噴き出した。
確かに、れい奈なら、とんでもないぬいぐるみを持ってきそうだ。
その後、3人はおしゃべりしながら片づけをした。
それが終わると、大学近くの店で早めの夕食を食べ、解散となる。
莉子は電車に乗って、家の最寄り駅に到着した。
街灯に照らされた暗い住宅街の道を歩いていると、隣の家のドアが開くのが見えた。
中から見知らぬ中年女性が出てくる。
(誰だろう……?)
女性は莉子とすれ違うと、駅の方に足早に歩いて行った。
(もしかして、あれがシッターさんなのかな)
そんなことを思いながら、莉子は自宅の門をくぐった。
鍵を開けて暗い家の中に入ると、電気をつけて2階に上がる。
そして、自室の電気をつけてカーテンを閉めようとして、
彼女の目に、ふと隣の家が映った。
灯りはついているものの、何となく静かだ。
(直樹さん、まだ帰っていないのかな)
莉子の脳裏に、幼い頃の記憶が蘇った。
小学校3年生の時に父母が離婚して、母は激務で夜遅くまで帰って来ず、莉子はいつも寂しい思いをしていた。
(……あの子も1人か)
莉子は何となくやるせない気持ちになると、小さくため息をつきながら、そっとカーテンを閉めた。




