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忠犬むぎは、夜に鳴く  作者: 優木凛々
第2章 変化

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19/28

年末

 

 庭で結月を見た翌日、12月30日の昼前。

 莉子は眠い目をこすりながら起き上がった。


 朝方まで寝付けず、寝坊してしまった。


 彼女はリビングに降りていくと、買っておいた菓子パンを食べながら、窓越しに隣の家をながめた。

 昨日の結月の様子を思い出し、思わず身震いする。



(昨日のアレ、明らかにおかしかった……)



 スマホを見ると、11時半。

 今日のバイトは15時からなので、まだ時間がある。



(よし……会いに行ってみよう)



 母親には、変な行動をしてても咎めず普段通りにしていた方がいいと言われたが、

 あれは放っておいたらダメな気がする。


 莉子はパンを食べ終わると、洗濯機を回した。

 身支度を整えると、周囲を見回して、結月の好きそうなお菓子の箱を手に取る。



(これを渡すってことにすれば、大丈夫だよね)



 莉子はやや緊張しながら玄関を出た。

 隣の家に向かうと、家の前に車がないことに気が付く。



(あれ、いないのかな? それとも、会社?)



 直樹は電車と車の両方を通勤に使っているため、どちらか分からない。


 とりあえず、莉子は隣の家のインターフォンを押した。



 ピンポーン



 家の中から、インターフォンの音が聞こえてきた。

 反応はなく、静まり返っている。

 しばらく待ってもう2,3度押してみるものの、物音1つしない。



(出掛けてるのかな……)



 もう1度押してしばらく待った後、莉子はため息をついた。

 どうやら留守らしい。



(年末だし、どこかに行ったのかな)



 莉子は自宅に戻ると、そのまま庭に出た。

 昨日結月が立っていた場所に歩み寄ると、前日の雪でぬかるんだ地面に足跡がついているのを見つける。

 足先はまっすぐ莉子の家を向いている。




「やっぱり……見間違いじゃないよね……」



 莉子はため息をつくと、自宅に戻った。

 隣の家を時々ながめながら、家事を始める。


 しかし、台所を片付けて、掃除機をかけ終わっても、直樹の車は戻ってこない。

 そのうちバイトの時間になり、家を出る。



 ――そして、働くこと、約5時間。



 夜8時過ぎ。

 冷たい夜道を莉子が帰ってくると、まだ直樹の車は戻ってきていなかった。

 家の中は真っ暗で、静まり返っている。



(どっか遠出してるのかな)



 莉子は立ち止まると、自分の部屋の正面に位置する窓を見上げた。

 以前、むぎが置いてあったことを思い出し、「あの時は驚いたな……」と苦笑する。


 そして、ふと思った。



(昨日の夜、なんでむぎの目が見えたんだろう……?)



 莉子は、2階の窓から庭にいる結月を斜め下に見下ろしていた。

 その角度からでは、むぎの顔は見えないはずだ。

 それなのに見えたということは、むぎが莉子を見上げていたということになるはずで……



「……っ!」



 莉子は思わず両腕で自分の身を抱きしめた。

 お腹の中から嫌な感じがせり上がってくる。



「なんなんだろう、あのぬいぐるみ……」



 本当にただのぬいぐるみなのだろうか、という思いが頭をよぎる。


 居たたまれなくなって、莉子は走り出した。


 自宅の門をくぐり、ドアを開けて玄関に飛び込む。


 玄関には灯りが付いており、ハイヒールが脱ぎ捨てられていた。

 廊下の奥にあるリビングから陽気な音楽が聞こえてくる。



(……お母さん)



 莉子はホッとしながらハイヒールを揃えると、家に上がった。

 リビングに入ると、部屋着姿の母親が懐メロを聞きながら缶ビールを飲んでいた。

 莉子を見て上機嫌に手を挙げる。



「莉子! おかえり!」

「……ただいま、飲んでるの?」

「明日から休みだからね!」



 どうやら今年は4日間の休みをもぎ取ったらしい。


 明るくはしゃぐ母親の姿を見て、莉子は安堵の息を漏らした。

 先ほどまで感じていた薄気味悪さが消え、リラックスした気持ちになる。


 母親は上機嫌に冷蔵庫からチューハイを取り出した。

「これ好きでしょ」と莉子に勧める。


 莉子はコップを持ってくると、母親の正面に座った。

 母親が病院で休みをもぎ取った武勇伝を聞きながら、テーブルの上にあったチーズをかじる。


 しばらくして、莉子は空気を入れ替えようと、窓際に向かった。

 窓を開けると、真っ暗な隣の家が見える。


 莉子は独り言のように言った。



「お隣、まだ帰ってきてないね」



 カップラーメンを作りながら、母親が口を開いた。



「確か、今日から旅行に行ってるはずよ。海老名のおばあちゃんが70歳で定年なんですって」

「そうなんだ」



 海老名のおばあちゃんとは、直樹の母親であり、結月のおばあちゃんだ。



「海老名のおばあちゃんって、旦那さんが階段から落ちて亡くなって、そこからずっと女手1人で家族を養ってきたでしょ。そのお礼とお祝いに子どもたちが旅行をプレゼントしたんだって」

「へえ、なんかいいね」



 そう相槌を打ちながら、莉子は窓を開けたまま席に戻った。

 結月と会えるのは年明けになりそうだと思いながら、内心ため息をつく。


 母親に、昨日結月を見たことを話そうかとも思うが、酔っぱらってカップラーメンをすすっている姿を見て、今話す話でもないな、と苦笑する。


 その後、莉子は何となく自分の部屋に戻る気がせず、

 酔っぱらって寝落ちした母親と共に、リビングのソファで夜を明かした。






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