学祭
学祭の準備が始まってから約1か月後。
10月中旬の、よく晴れた日曜日のお昼前。
莉子は、自室のベッドの上で、ぼんやりと目を開けた。
窓の隙間から差し込む光はすでに高く、昼近いことがうかがえる。
彼女は寝返りを打つと、枕に顔を埋めながらボヤいた。
「最近忙しいな……」
ここ1カ月、莉子は学祭の準備に追われる日々を過ごしていた。
展示物の作成が思いのほか大変で、バイトのない日は遅くまで部室にこもり、土日も大学へ足を運ぶことが増えた。
みんなで集まって一緒に作業するのは楽しいが、
1カ月この生活はさすがにしんどい。
(今日は家でのんびりしよう)
とりあえず何か食べようと、莉子はのろのろと起き上がった。
しばらく洗っていなかったことを思い出し、ベッドシーツとパッドを剥がすと、バスタオルと共に洗濯機に放り込む。
そしてパンにジャムを塗ってもぐもぐと食べた後、
莉子は洗い終わった洗濯物を籠に入れて庭に向かった。
窓を開けようとして、隣の庭に直樹と結月がいることに気が付く。
(なんか久し振り)
莉子は窓を開けると、声をかけた。
「こんにちは」
直樹と結月がこちらを振り向いた。
結月の顔がぱっと明るくなる。
「莉子ちゃん!」
直樹が、「こんにちは」と微笑みながら立ち上がった。
莉子の顔を見ると、少し心配そうな顔をする。
「なんだか疲れてそうだね」
「そうなんですよ。今、学園祭の準備が忙しくて」
莉子が軽くため息をつくと、直樹は懐かしそうに目を細めた。
「ああ……そういえば、そんな時期ですね。僕も大学の頃は大変でした」
何となく親近感が沸いて、莉子が尋ねた。
「直樹さん、サークルは何に入ってたんですか?」
「テニスです」
隣で話を聞いていた結月がニコニコしながら口を挟んだ。
「お父さんね、お母さんと一緒にテニスしてたんだよ」
「そうなの?」
莉子が首をかしげていると、直樹は少し照れたように笑った。
「妻はサークルの先輩だったんです。学祭の時はよくこき使われていました」
莉子は「そうなんですね」と笑いながら、シーツを干し始めた。
前に結月から聞いた話と合わせると、結月のお母さんは、かなりきつい性格だったっぽいなと思う。
その後、直樹は肥料を取りに家の中へ戻った。
結月は柵の傍に走り寄ってくると、嬉しそうに洗濯物を干す莉子を見上げた。
「莉子ちゃん、会いたかった! ……でも、今忙しいんだね……」
「うん、学祭の準備が大変で」
「そっか……忙しいなら、仕方ないよね……」
結月が俯きながら、自分を納得させるようにつぶやく。
莉子は申し訳ない気持ちになった。
(……そういえば、最近全然話せてなかった)
学祭準備があるので致し方ないことではあるが、何となく悪いことをした気分になる。
そこへ、直樹が肥料の袋を持って戻ってきた。
プランターの傍に歩み寄る。
邪魔してはいけないと思い、莉子は、空になった洗濯かごを持ち上げた。
「じゃあね、結月ちゃん。学祭が終わったら、また遊ぼうね」
「うん……!」
結月が嬉しそうに笑った。
笑顔で「またね!」と手を振る。
莉子も笑顔で手を振り返した。
かごを抱えて家の中に入る。
そして、窓を閉めようと振り向いて――
「……あれ?」
思わず目をぱちくりさせた。
莉子の視線の先に、ウッドデッキに座ったむぎがいた。
黒い瞳が、結月を見守るようにきらりと光っている。
相変わらず本物の犬っぽいぬいぐるみだなと思いながら、莉子は首をかしげた。
「あんなところに、いたっけ……?」
眉をひそめて考え込むものの、見た記憶がない。
「でもまあ……見落としかな」
ぬいぐるみが1人で歩いてあそこに行く訳がないし、単なる見落としだろうと思い、
レースのカーテンを閉めて家に入る。
――そこからも、莉子は忙しい日々を過ごした。
途中で、提携サークルの手伝いも入り、更に忙しくなる。
そして、10月末。
それまでの努力の甲斐もあり、莉子たちは無事に学祭を迎えた。




