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忠犬むぎは、夜に鳴く  作者: 優木凛々
第2章 変化

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10/28

夏休み

 夏休みに入り、莉子は自由を謳歌した。

 バイトのシフトを少し増やし、大好きな映画やアニメ、漫画にどっぷり浸かり、たまに地元の友達と遊びに行く。


 結月とは、お盆前に一緒に映画を見に行くことになった。


 直樹との予定がなくなった訳ではなかったが、

 ちょうど結月の好きな子ども向けキャラクター映画が上映されており、莉子ひとりで行くのが恥ずかしかったので、結月を誘ったのだ。


 小さい頃の自分が夏休みに寂しい思いをしていたので、似た状況の結月が気になった、というのもあったかもしれない。


 誘われた結月はとても喜んだ。

 どうやら映画に行くのは初めてらしい。

 すぐに直樹に許可をとる。


 むぎを一緒に連れて行きたそうだったが、

 莉子が「目立つし、汚れるから」と言って諦めてもらった。


 大きなカバンに詰めれば持っていけないこともないのだが、

 何となく、むぎとべったりは良くない気がしたからだ。




 ――そして、映画に行く当日、よく晴れたお昼前。


 デニムに黒いTシャツを着た莉子は、隣の家に結月を迎えに行った。

 ピンクのワンピース姿の結月と共に駅まで歩き、電車に乗って一駅先にある大きな映画館に向かう。


 電車の座席に座りながら、結月は緊張したように外をながめた。

 どうやら前日緊張してよく眠れなかったらしい。


 そして、電車から降りて、駅に隣接する映画館に入り、結月はポカンとした顔で周囲を見回した。



「莉子ちゃん、ここ広いね!」



 どうやら、映画館がこんなに大きな建物だとは思わなかったらしい。

 物珍しそうにあちこちを見ている。



(楽しそうだな)



 莉子は飲み物とポップコーンを買うと、シアターの中に入った。

 大人気映画なだけあって、シアター内はたくさんの子どもがおり、とてもにぎやかだ。


 そして映画が始まると、結月は夢中でスクリーンを見入った。

 時々小さく声を上げたり、くすくすと笑ったりする。


 その様子を横目でながめながら、莉子は口角を上げた。

 これだけ楽しんでもらえたら、連れて来た甲斐があるな、と思う。


 そして上映が終わると、莉子たちは人の流れに沿って出口に向かった。

 顔を上気させた結月が、莉子の上着の端をちょんと掴みながら、弾むように歩く。



「面白かったね!」



 その様子を微笑ましく思いながら、莉子は思案した。

 お昼の時間からは少し遅いが、どこかで昼食を食べたいなと思う。


 そして映画館の外に出ると、莉子は結月に尋ねた。



「結月ちゃん、なんか食べたいものある?」



 莉子の問いに、結月の顔が輝いた。

 しかし、ちらりと横を見ると、なぜか目を伏せる。



「……なんでもいい。莉子ちゃんが好きなもの」



 莉子が、結月が見た方向に目を向けると、そこには赤い看板のマックがあった。



(あれがいいのかな?)



 莉子はさりげなく赤い看板を指さした。



「じゃあ、あそこのマックでいい?」

「うん……!」



 どうやら正解だったようで、結月が嬉しそうにうなずく。

 遠慮せずに言えばいいのに、と思いながら、莉子は結月を連れて騒がしい店内に入った。


 ハンバーガーのセットを注文すると、人々の間を通り抜けて、空いている席に向かい合って座る。



「どうぞ」

「いただきます!」



 結月は目を輝かせながら、ポテトを頬張った。



「おいしいね!」



 どうやら結月はマックが大好きらしい。

 自分もハンバーガーを食べながら、莉子が結月に尋ねた。



「結月ちゃんは、マックにはよく来るの?」

「ううん、来ない。……お母さんが、 “ああいうものを食べたら、頭が悪くなるって”って言って」

「そうなんだ」



 相槌を打ちながら、莉子は珍しいなと思った。

 結月が母親のことを話すのは初めてだ。


 結月によると、以前は直樹が母親に内緒でマックに連れて行ってくれていたが、

 それが母にバレて大喧嘩になったらしい。



「それでもう行きたいって言えなくなったの」



 しょんぼりとうつむく結月に、莉子は同情するように「そっか」と相槌を打った。

 さっき妙に遠慮していたのは、そのせいか、と思う。


 ちなみに、会話の中で、アニメや漫画も母親に禁止されていたことが分かった。

 今日こうやって好きなアニメ映画を見に来れて、夢のように楽しかったらしい。


 莉子は「そうなんだね」と言いながら、内心考え込んだ。

 どうやら結月の母親は、こだわりが強い人だったらしい。



(企業弁護士っていうくらいだから、ポリシーとかあったのかな)



 考え込む莉子を見て、結月がもじもじとした。

 しばらく黙った後、思い切ったように顔を上げる。



「莉子ちゃんは、マックを食べたら頭が悪くなると思う?」



 莉子は苦笑した。

 結月のお母さんを否定するようで悪いが、さすがに違うだろう。


 莉子はポテトをかじりながら言った。



「頭が悪くなるとは思わないかな。私、小さい頃から食べてるけど、別に悪くなった感じしないし」

「じゃあ、アニメとか漫画は?」



 結月の真剣な顔に、莉子思わず吹き出した。



「思わないよ。私、アニメとか漫画とか大好きだし」

「そっか!」



 結月の顔がパッと明るくなった。

 安堵したようにポテトを口に入れる。


 その様子を、莉子は複雑な気持ちでながめた。

 この感じだと、結月はかなり我慢させられていたのかもしれない、と思う。



( “友だちをいっぱい作って遊ばないとダメ”って、もしかしてお母さんに言われたのかな)



 授業参観のことを思い出し、そんな風に思う。






 その後、2人はマックを出ると、駅ビル内にある本屋に寄ってから、帰路についた。

 帰りの駅は込み合っており、結月が莉子の手を握ってくる。



(手、小さいなあ)



 妹がいたらこんな感じなのかなと思いながら、莉子は手をつないだまま電車に乗った。

 最寄駅に到着し、夕方の気配が漂う空の下、家に向かって歩く。


 そして、家の前に到着すると、結月は名残り惜しそうな顔で、莉子の手を離した。

 少し寂しそうな顔でぺこりと頭を下げる。



「莉子ちゃん、今日はありがとう、楽しかった」

「どういたしまして。こちらこそ付き合ってくれてありがとう」



 結月は何度も振り返りながら家の中へと入っていった。

 莉子は笑顔でそれを見送ると、自身も家に帰った。

 シャワーを浴びながら、今日は疲れたけど楽しかったな、と思う。




 ――その後、夏休みで時間があったということもあり、莉子は何度か結月と出掛けた。


 町内会のゴミ拾いに一緒に参加したり、

 駅前広場で開催されるお祭りに一緒に行ったりする。

 庭先で立ち話をすることも増えた。


 そうして過ごしているうちに、結月は前にも増して莉子に懐くようになった。

 クラスのちょっと気になる男の子のことなど、こっそり自分の秘密を教えてくれるようになった。

 歩いていると手をつないできたり、くっついてくることも増えた。

 その分、別れ際はとても寂しそうで、もっと一緒に居たそうな顔をするようになった。



(結月ちゃんって、実は結構甘えっ子なのかな)



 ちなみに、むぎのことは、ほとんど見かけなかった。

 あまりに見ないので、結月にさりげなく尋ねたところ、



「むぎは暑がりだから、クーラーの下にいるの」



 という答えが返ってきた。

 どうやら、むぎのために結月の部屋のクーラーはずっと点けっぱなしらしい。


 莉子は苦笑した。

 なかなかに贅沢なぬいぐるみだ。





 ――そして、夏休みが明けた9月中旬、大学の初日。


 莉子は久しぶりに、大学の同好会の部室へ向かった。






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