夏休み
夏休みに入り、莉子は自由を謳歌した。
バイトのシフトを少し増やし、大好きな映画やアニメ、漫画にどっぷり浸かり、たまに地元の友達と遊びに行く。
結月とは、お盆前に一緒に映画を見に行くことになった。
直樹との予定がなくなった訳ではなかったが、
ちょうど結月の好きな子ども向けキャラクター映画が上映されており、莉子ひとりで行くのが恥ずかしかったので、結月を誘ったのだ。
小さい頃の自分が夏休みに寂しい思いをしていたので、似た状況の結月が気になった、というのもあったかもしれない。
誘われた結月はとても喜んだ。
どうやら映画に行くのは初めてらしい。
すぐに直樹に許可をとる。
むぎを一緒に連れて行きたそうだったが、
莉子が「目立つし、汚れるから」と言って諦めてもらった。
大きなカバンに詰めれば持っていけないこともないのだが、
何となく、むぎとべったりは良くない気がしたからだ。
――そして、映画に行く当日、よく晴れたお昼前。
デニムに黒いTシャツを着た莉子は、隣の家に結月を迎えに行った。
ピンクのワンピース姿の結月と共に駅まで歩き、電車に乗って一駅先にある大きな映画館に向かう。
電車の座席に座りながら、結月は緊張したように外をながめた。
どうやら前日緊張してよく眠れなかったらしい。
そして、電車から降りて、駅に隣接する映画館に入り、結月はポカンとした顔で周囲を見回した。
「莉子ちゃん、ここ広いね!」
どうやら、映画館がこんなに大きな建物だとは思わなかったらしい。
物珍しそうにあちこちを見ている。
(楽しそうだな)
莉子は飲み物とポップコーンを買うと、シアターの中に入った。
大人気映画なだけあって、シアター内はたくさんの子どもがおり、とてもにぎやかだ。
そして映画が始まると、結月は夢中でスクリーンを見入った。
時々小さく声を上げたり、くすくすと笑ったりする。
その様子を横目でながめながら、莉子は口角を上げた。
これだけ楽しんでもらえたら、連れて来た甲斐があるな、と思う。
そして上映が終わると、莉子たちは人の流れに沿って出口に向かった。
顔を上気させた結月が、莉子の上着の端をちょんと掴みながら、弾むように歩く。
「面白かったね!」
その様子を微笑ましく思いながら、莉子は思案した。
お昼の時間からは少し遅いが、どこかで昼食を食べたいなと思う。
そして映画館の外に出ると、莉子は結月に尋ねた。
「結月ちゃん、なんか食べたいものある?」
莉子の問いに、結月の顔が輝いた。
しかし、ちらりと横を見ると、なぜか目を伏せる。
「……なんでもいい。莉子ちゃんが好きなもの」
莉子が、結月が見た方向に目を向けると、そこには赤い看板のマックがあった。
(あれがいいのかな?)
莉子はさりげなく赤い看板を指さした。
「じゃあ、あそこのマックでいい?」
「うん……!」
どうやら正解だったようで、結月が嬉しそうにうなずく。
遠慮せずに言えばいいのに、と思いながら、莉子は結月を連れて騒がしい店内に入った。
ハンバーガーのセットを注文すると、人々の間を通り抜けて、空いている席に向かい合って座る。
「どうぞ」
「いただきます!」
結月は目を輝かせながら、ポテトを頬張った。
「おいしいね!」
どうやら結月はマックが大好きらしい。
自分もハンバーガーを食べながら、莉子が結月に尋ねた。
「結月ちゃんは、マックにはよく来るの?」
「ううん、来ない。……お母さんが、 “ああいうものを食べたら、頭が悪くなるって”って言って」
「そうなんだ」
相槌を打ちながら、莉子は珍しいなと思った。
結月が母親のことを話すのは初めてだ。
結月によると、以前は直樹が母親に内緒でマックに連れて行ってくれていたが、
それが母にバレて大喧嘩になったらしい。
「それでもう行きたいって言えなくなったの」
しょんぼりとうつむく結月に、莉子は同情するように「そっか」と相槌を打った。
さっき妙に遠慮していたのは、そのせいか、と思う。
ちなみに、会話の中で、アニメや漫画も母親に禁止されていたことが分かった。
今日こうやって好きなアニメ映画を見に来れて、夢のように楽しかったらしい。
莉子は「そうなんだね」と言いながら、内心考え込んだ。
どうやら結月の母親は、こだわりが強い人だったらしい。
(企業弁護士っていうくらいだから、ポリシーとかあったのかな)
考え込む莉子を見て、結月がもじもじとした。
しばらく黙った後、思い切ったように顔を上げる。
「莉子ちゃんは、マックを食べたら頭が悪くなると思う?」
莉子は苦笑した。
結月のお母さんを否定するようで悪いが、さすがに違うだろう。
莉子はポテトをかじりながら言った。
「頭が悪くなるとは思わないかな。私、小さい頃から食べてるけど、別に悪くなった感じしないし」
「じゃあ、アニメとか漫画は?」
結月の真剣な顔に、莉子思わず吹き出した。
「思わないよ。私、アニメとか漫画とか大好きだし」
「そっか!」
結月の顔がパッと明るくなった。
安堵したようにポテトを口に入れる。
その様子を、莉子は複雑な気持ちでながめた。
この感じだと、結月はかなり我慢させられていたのかもしれない、と思う。
( “友だちをいっぱい作って遊ばないとダメ”って、もしかしてお母さんに言われたのかな)
授業参観のことを思い出し、そんな風に思う。
その後、2人はマックを出ると、駅ビル内にある本屋に寄ってから、帰路についた。
帰りの駅は込み合っており、結月が莉子の手を握ってくる。
(手、小さいなあ)
妹がいたらこんな感じなのかなと思いながら、莉子は手をつないだまま電車に乗った。
最寄駅に到着し、夕方の気配が漂う空の下、家に向かって歩く。
そして、家の前に到着すると、結月は名残り惜しそうな顔で、莉子の手を離した。
少し寂しそうな顔でぺこりと頭を下げる。
「莉子ちゃん、今日はありがとう、楽しかった」
「どういたしまして。こちらこそ付き合ってくれてありがとう」
結月は何度も振り返りながら家の中へと入っていった。
莉子は笑顔でそれを見送ると、自身も家に帰った。
シャワーを浴びながら、今日は疲れたけど楽しかったな、と思う。
――その後、夏休みで時間があったということもあり、莉子は何度か結月と出掛けた。
町内会のゴミ拾いに一緒に参加したり、
駅前広場で開催されるお祭りに一緒に行ったりする。
庭先で立ち話をすることも増えた。
そうして過ごしているうちに、結月は前にも増して莉子に懐くようになった。
クラスのちょっと気になる男の子のことなど、こっそり自分の秘密を教えてくれるようになった。
歩いていると手をつないできたり、くっついてくることも増えた。
その分、別れ際はとても寂しそうで、もっと一緒に居たそうな顔をするようになった。
(結月ちゃんって、実は結構甘えっ子なのかな)
ちなみに、むぎのことは、ほとんど見かけなかった。
あまりに見ないので、結月にさりげなく尋ねたところ、
「むぎは暑がりだから、クーラーの下にいるの」
という答えが返ってきた。
どうやら、むぎのために結月の部屋のクーラーはずっと点けっぱなしらしい。
莉子は苦笑した。
なかなかに贅沢なぬいぐるみだ。
――そして、夏休みが明けた9月中旬、大学の初日。
莉子は久しぶりに、大学の同好会の部室へ向かった。




