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第7話 家を元に戻してくれ

第7話 家を元に戻してくれ


王宮の使者は、未完成の報告書を受け取らなかった。提出期限を二度も延ばしたうえ、村ごとの収穫量と納税額が一致していなかったためである。使者は三日後に監査官を派遣すると告げ、銀色の封蝋が押された通告書をレイモンドへ渡した。朝日が差し込む玄関には昨夜の蝋燭が燃え残り、濡れた洗濯物から落ちた水で床に小さな染みができていた。


「三日後までに、過去六年間の帳簿をご用意ください」


灰色の制服を着た使者は、寝不足で目を赤くしたレイモンドへ頭を下げた。挨拶は丁寧だったが、その後ろに控える従者は散らかった玄関を見回している。長椅子には乾ききらない靴下が積まれ、花瓶の薔薇は水を替えられないまま首を垂れていた。


「待ってくれ。報告書なら今日中に完成させる」


「三日前にも同じお返事をいただきました」


「今度は必ず提出する」


「その判断は監査官がなさいます。私は通告書をお渡しするだけでございます」


使者は余計な話をせず、迎えの馬車へ戻った。車輪の音が門の外へ消えると、レイモンドは通告書を握ったまま玄関に立ち尽くした。銀の封蝋が手のひらへ食い込み、眠気で重かった頭がようやく動き始めた。


しかし、悪い知らせは王宮からの通告だけではなかった。朝食を取る前にセバスチャン商会の番頭が現れ、融資契約の更新を保留すると告げたのである。先日のお茶会で末席へ置かれ、冷めた豆のスープを出されたことだけが理由ではなく、支払いの確認書にも三度の遅れが出ていた。


「これは誤解だ。商会を軽く扱ったつもりはない」


レイモンドは応接室の机を挟み、番頭へ身を乗り出した。濃紺の上着へ着替えていたが、急いで選んだため、右と左で違う色の靴下を履いている。卓上へ出された茶は薄く、昨日使った茶葉をもう一度煮出したため、香りもほとんど残っていなかった。


「意図ではなく、実際の扱いを申し上げております」


番頭は茶へ口をつけず、契約書を革鞄へ戻した。レイモンドがエステルへ確認すると言うと、その名を聞いた番頭の指が止まる。けれども彼は、夫人が寝込んでいるなら無理をさせてはいけないと答えた。


「エステル夫人が仕事へ戻らなければ更新できない、という意味か」


「そのような条件を口にするつもりはございません。しかし、これまで伯爵家の信用を守っておられた方が誰なのか、当商会は承知しております」


「この家の主人は私だ」


「でしたら、主人としてのご実績を監査官へお示しください」


番頭は椅子を引いて立ち上がり、冷めた茶を残して帰った。レイモンドは反論できず、茶の表面に浮いた細かな葉を見つめる。廊下では使用人たちが小声で話し、誰かが荷造りに使う木箱を運んでいた。


昼には、侍女二人と厩舎の若者が辞職を申し出た。仕事の配置が決まらず、休みも取れないうえ、失敗すればレイモンドに叱られることへ耐えられなくなったのである。侍女の一人は茶色い仕事着の袖を縫い直し、もう一人は使い古した前掛けをきれいに洗って返しに来ていた。


「今辞められたら困る。少なくとも監査が終わるまで待て」


レイモンドは執務室の前で三人を引き止めた。足元には未処理の書類が散らばり、朝から探していた印章が冷めたスープの皿の下から見つかっている。侍女は何度も前掛けの紐を結び直した後、顔を上げた。


「奥様が管理されていた頃は、病気になれば交代で休ませていただけました」


「今も休みたいなら、そう言えばいい」


「三日前に申し上げました。旦那様は、ご自分で交代する者を探せとおっしゃいました」


「人手が足りないのだから仕方がないだろう」


「ですから、辞めさせていただきます」


三人は深く頭を下げ、返却する鍵を机へ置いた。金属の触れ合う音が静かな執務室へ響き、レイモンドはそれを止められなかった。屋敷の主人でありながら、誰がどこの鍵を持ち、誰の代わりを務められるのか、一つも分からなかったのである。


夕方になると、レイモンドはエステルの寝室へ向かった。今日は鈴が鳴っても聞こえないふりをしていたため、リリアの薬湯もまだ運んでいない。寝室の扉を開けると、エステルは白い寝間着の上へ水色の部屋着を重ね、寝台で温かい野菜スープを飲んでいた。器には蕪、豆、細く切った人参が入り、焼いた黒パンと一切れの山羊のチーズが添えられている。


「まあ、レイモンド様。夕食にはまだ早いですわ」


エステルは匙を置き、口元を白い布で拭った。窓辺ではマーサが、洗ったばかりの枕カバーへ新しい紐を通している。暖炉には林檎の木がくべられ、ほのかな甘い香りと薪のはぜる音が部屋を満たしていた。


「マーサ、席を外してくれ」


レイモンドが言うと、マーサはエステルを見た。エステルがうなずいたため、彼女はスープの盆を小卓へ置き、枕カバーを抱えて部屋を出る。扉を閉める前にレイモンドの左右で色の違う靴下へ気づいたが、何も言わなかった。


レイモンドは寝台の前まで進み、いきなり膝をついた。床に落ちていた小さなパン屑がズボンへついたが、払おうともしない。エステルは夫を見下ろし、首をわずかに傾けた。


「何をなさっているのです?」


「頼む。屋敷を元に戻してくれ」


「元に戻すとは、どういう意味でしょう」


「仕事へ戻ってほしい。王宮の監査官が来る。商会は融資を止め、使用人まで辞め始めた」


「それは、あなた様がお決めになることでしょう。グラント伯爵家の主人なのですから」


「私一人では無理だ」


その言葉を聞き、エステルは毛布の上で両手を重ねた。六年間、一度も夫の口から出なかった言葉だった。だが、聞きたかった時期は、記念日の冷えた料理とともに終わっていた。


「不思議ですわ。あなたはいつも、ご自分が伯爵家を動かしているとおっしゃっていたでしょう?」


「私は主人として最終的な判断をしてきた」


「何を判断なさいましたの?」


「領地の管理、商会との契約、それから使用人の配置だ」


「具体的に、どの書類をお作りになりました?」


レイモンドは口を開いたが、書類の名前すら出てこなかった。これまでエステルが内容を説明し、署名する場所へ印をつけていたからである。彼は夫人の仕事など誰にでもできると思い、その作業を尋ねたこともなかった。


エステルは寝台脇の鈴を二度鳴らした。すぐにマーサが戻り、古い帳簿を積んだ小さな台車を押してくる。革張りの表紙には手垢とインクの染みが残り、背表紙には年度ごとの数字が金文字で記されていた。


「こちらが、わたくしの六年間です」


エステルは一冊目を開いた。嫁いだ年の帳簿には赤字が並び、未払いの請求書が何枚も挟まれている。二冊目では債務の返済計画が作られ、三冊目には農地へ新しい水路を引くための費用と収穫量の変化が記されていた。


「この債務は、結婚前からあったものです。わたくしが商会へ出向き、返済期限を延ばしていただきました」


エステルは次の頁をめくった。余白には商会主の好み、家族の誕生日、交渉で譲れる金額まで細かく書かれている。レイモンドは自分の署名を見つけたが、その下には必ずエステルの確認印があった。


「水車の修理費を減らしたのも、毛織物の取引価格を上げたのも、わたくしです。働きすぎて倒れた侍女の担当を分け、料理人の給与を見直し、辞めかけていた庭師を引き止めたのも、わたくしです」


「私は何もしていなかったと言いたいのか」


「何をなさったのか、ご自分で探してくださいませ」


エステルは六冊の帳簿を夫の前へ積んだ。頁をめくるたび、彼女の署名と書き込みが現れる。レイモンドが決めたと思っていたことの前には、すべて妻の調査、交渉、準備があった。


「伯爵家が優秀だったのではございません。わたくしが、倒れかけていた伯爵家を六年かけて立て直したのです」


レイモンドは帳簿の一冊を持ち上げた。厚い革表紙は重く、最初の十頁を読むだけでも数字と細かな文字に目が疲れる。これを六年間、当然のように処理させながら、丈夫な妻なら我慢できると言ってきたのである。


「分かった。これからは君の仕事を尊重する。だから戻ってくれ」


「尊重とは、また全部わたくしへ戻すことですの?」


「人を増やしてもいい。報酬も好きなように決めなさい」


「わたくしの仕事なのに、あなた様が許可なさるのですね」


レイモンドは膝をついたまま、言葉を失った。エステルは胸元へ手を当て、小さく咳をする。毛布の中には温めた湯たんぽがあり、体調は少しも悪くなかったが、病弱な妻の役を終えるつもりはなかった。


「こんなに重い帳簿と責任を、病弱な妻へ背負わせるなんて。騎士道精神に反しますわ」


「まだ、それを続けるのか」


「あなた様は、か弱い女性を守ることこそ男性の誉れだとおっしゃっていたでしょう?」


「今は屋敷が潰れかけているのだ」


「それなら、もっと優しく甘やかしてくださいませ」


エステルは枕へ体を預け、冷めかけたスープの器を夫へ差し出した。腕に力が入らないので食べさせてほしいと頼むと、レイモンドは帳簿を床へ置き、銀の匙を受け取った。蕪と豆をすくい、息を吹きかけて冷ましてから、妻の口元へ運ぶ。


寝室の外では、リリアが扉へ耳を当てていた。彼女は桃色の部屋着を着ていたが、薬湯を待つ間に冷えたため、肩へ毛布を巻いている。王宮の監査、融資の保留、辞職する使用人という言葉を聞くたび、その指が毛布の端を強くつかんだ。


「屋敷が、潰れかけている……?」


リリアは誰にも聞こえない声でつぶやいた。扉の向こうでは、レイモンドが妻へスープを飲ませている。彼女は自分の部屋へ戻ると、寝台の下に隠していた宝石箱を引き出し、一つずつ数え始めた。



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