第17話
「えっと、い、いらっしゃいませ?」
俺は今、非常に戸惑っている。
「こちらにかけても?」
俺が口を開く前に、俺の指定席に腰掛ける二十代くらいの綺麗な女性。
その女性が、どこからどう見てもどこかのお嬢様にしか見えないからだ。
豪華なドレスを着ている訳じゃないんだけど、ひと目見て冒険者ではないことは分かる。
なんというか歩き方もそうだし、ちょっとした仕草もそう、身に纏う雰囲気がもうね、お上品なんだよ。
この世界には貴族(超お金持ち)という上流階級の人たちがいるらしいけど(購入した本から得た知識)、もしかしたら、目の前の女性がそうなんじゃないのかと思ったわけだけど、なんの根拠もなく俺の勘でしかないけど……
思わず、来るお店間違えてませんか? って喉まで出かけていたんだけど、バレてないよね? うん、大丈夫そうだ。
しかし、こんな綺麗なお嬢様っぽい女性もこういうお店を利用するんだね。俺、びっくりだよ。何か自暴自棄になるような嫌な事でもあったのだろうか?
そんな事を考えつつも、彼女が俺の指定席に腰掛けた理由を考える。って考えるまでもないんだけどね。
これは初心者あるあるの、初めて来店したからシステムがよく分かっていない、そんなところだろう。
「初めてのご来館ですか?」
「ええ、そうよ。それが何か?」
——やっぱり。
この娼館に来ようと思った理由は分からないけど、こんな綺麗な人が俺を指名するのはおかしいと思ったんだよね。
「いえ、ただ、ここは気になる男性を先に指名するようになっていまして……」
女性に恥をかかせないよう言葉を選びながら、俺が手元に置いていた、この男娼館に属する男娼さんの似顔絵が描かれた厚紙を彼女の目の前に差し出した。
これは外にいるスタッフさんが持っているモノと同じだ。
常連さんはここのシステムを分かっているからいいんだけど、初めて来館される(一見さん)お客様は、ここのシステムを理解しないまま入館することがある。
そんなお客様は、近くのイケメン男娼ではなく、いかにも使用人に見える俺に声をかけてくるんだ。
以前は、俺の指名キタッー!? って喜んだものだ。でもね、そうじゃないと分かった時の、あのなんとも言えないやり場のない感情は、地味に心にくるんだよ……グハッって感じ。
だから最近は先にこの厚紙を見せるようにして心へのダメージを少しでも軽減している。
ちなみに端っこにだけど、この厚紙には俺もちゃんと載っているんだ、持ち方によっては指で隠れてしまうのが悲しいけど。
「ええ、それは聞いておりますわよ」
「そうでしたか。では、それぞれの男娼には指定席がございますので、お客様のご希望の男娼のお名前を窺ってもよろしいでしょうか?」
スタッフのような真似事も板についてきた俺。ニコニコ笑顔を心がけてお客様からの返事を待つ。
今日のお客様はお上品だから特に気をつけた方が良さそうなんだもん。
いつもだったら評判の良いハンゾーさんやコジュウさん、あとは空いている男娼さんを勧めてみたりもするけど、今日は厚紙を渡すだけにしておこう。
まだまだ女性に慣れていない俺は、女性から笑顔で話しかけられるだけで嬉しくなる。
でも、その逆、真剣な表情で考え事をしていたり、無表情だったりすると怒っているように見えて声をかけるにも勇気がいるんだ。
「希望の男性? 何を言ってるのかしら」
「え?」
「ここの席に来た時点で、あなた、ゴローさんを指名したに決まってるじゃないの」
——え、俺?
な、なんと、夢じゃない、よね? こんな綺麗な女性が……あ、いや、レイラさんとかアンナさん、あれ、シエラさんたちも超がつく美人さんだった。って今はそんな事を考えている場合じゃないな。
「そ、そうでしたか。すみません。いえ、ご指名していただきありがとうございます」
「はぁ、それより、何かいただけないかしら?」
「はい、喜んでっ」
——やばっ。
条件反射って怖いね。ため息つかれた相手に、ついいつもの調子(居酒屋のノリ)で返してしまったよ。
——って、無反応だった。
それもなんかつらい。まあいいや。何か理由があって来館しているはずだから、とりあえず今は楽しんでもらえるように頑張ろう。
とりあえずエールに入れる氷は花びらにしようかな。
みんなには内緒にしてるけど、花の形の氷は今のところはレイラさんとアンナさんにしか出していない。
しかも、彼女たちを、もっと笑顔にしたくて練習していたら、初めて作った時よりもかなり細かく作れるようになっていたりする。頑張ったよ俺。
ちなみに他の男娼さんのお客様には◯とか⬜︎とか△とか、たまに⭐︎を混ぜたりもするけど基本的に単純な形の氷を出している。
エールに氷の花びらを入れて、あとは女性受けしそうなおつまみを2、3品出してみた……
「この氷……悪くないわね」
「ありがとうございます」
先ほどよりも若干機嫌がよさそうに見える彼女はリットさんと言うらしい。
エールを3杯くらい飲んだら気分が良くなったのか自分から名前を教えてくれた。
まあ、名前が分かったところで俺に女性受けするような話術なんてないから、会話なんて続かないんだけどね。てか、胃が痛い。
リットさんには悪いところ(身体に)がないからケアをする必要はないし、あ、強いて言うなら髪が少し傷んでたり疲れが溜まっていたり……あとは変なモヤ(俺が勝手そう呼んでいる)? が結構まとわりついているくらいだね。
変なモヤは、なんかうねうねしているモヤで、なんとなくだけど、恨みや妬み呪いのような類いもののような気がするんだ。
リットさんの場合だと貴族っぽいし、お嬢様たちどおしでドロドロとした陰湿な駆け引きなんかもあれば、恨み妬み嫉みなんて事は日者茶飯事だろう。
異世界マンガや小説をみていた俺の勝手な想像だけど。
とりあえずライトとクリーンスキルを使えばすぐに消滅するっぽいのですぐに使う。
正直、変なモヤがどんな影響を与えているのかは知らないけど、身体に害がありそうからどこかのタイミングでサクッとやっちゃうよ。
「ご馳走様、美味しかったわ」
途中からワイン(高いからあまり出ない)を楽しまれ、それに合いそうなおつまみを食べてもらっている間に、ケアをしてクリーンライトもした。
——これでよし。
しかし、何があってここ(男娼館)に来ようと思ったのか分からないけど、リットさんのようなお嬢様がこんなところに来たらいけないと思う。
顔を見れば来館時よりも晴れやかな表情になっている気がする。きっとお腹が満たされたのも大きいだろう。
だから、さっさと帰……けふん。あまり遅くなってはご家族が心配するよね。
「ありがとうございます。では……」
もうお帰りになりますよね、というような意味を込めてアイコンタクト。奥に行く気のない人はこれでだいたい察してくれからね。
「そうね」
ほらね。俺は心の中でガッツポーズをしたよ。トラブルになる前にお帰りいただきたかったからよかったよ。
「奥に行きましょうか」
——ちがーう!
「何、変な顔をしているの。私、これでも忙しくてね、時間がないの」
「え、あ、はい」
それから俺はすぐに土下座をすることになった。このお嬢様、堂々として自信満々な態度なのに初めてだったんだよ。
「すみません、すみません。ほんとすみません」
俺は必死に謝った。謝りながらクリーンを使いつつケアを使ってえちえちする前の状態に戻したよ。もちろん、お肌は来る前よりも最高の状態に仕上げた。る
それくらいしないと誠意が伝わらないと思って、てか、ご家族に俺が刺されそうで怖い。場合によっては俺の首なんて簡単に飛びそうだし。物理的に。
「あら、どうせ私は傷物だからかまわなかったのに、気を遣わせたみたいね」
いや、初めてだったじゃん、と突っ込みそうになったけど、どうにか思いとどまる。
それに、俺とのえちえちはすでになかったように振る舞うリットさん。いや、今は自分のお肌の方が気になっているっぽい。
それに、なんだか機嫌が良さそう……?
……って、ダメダメ、ここで気を抜いたら大変な事になるかもしれない。
「いえ、とんでもないです」
そう言ってもう一度丁寧に頭を下げて謝罪する。
「別に気にしてないわよ」
そんな言葉が聞こえて、ホッとしつつ、頭を上げれば、帰り支度をしていたリットさん。
「今日は本当に時間がないのよ。でもゴロー、楽しかったわ。またくるわね」
「へ?」
ものの数秒。そんな言葉(社交辞令)を残してリットさんはさっさと部屋を出て行った。
——……あ、お見送り。
すぐにお見送りをしていなかった事に気づき、慌てて追いかけたけど、リットさんの姿はどこにもなかった。
身体はスッキリしているけど精神的な疲れが残ってしまった俺。でも、後日苦情が来てシゲさんに迷惑をかけたら申し訳ないと思い報告はキチンとしたよ。
シゲさんは「ほうほう、それは良い勉強になったのではないかのぉ。ゴローは気にするでない」と笑ってくれて、ちょっとホッとしたよ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




