【現代異世界編】ちいちゃんの32歳異世界魔法大学デビュー3 サツマ帝国は巨大な郷中
「こうして初代皇帝、西郷吉之助は九州島を統一し――」
現在行われているのは、サツマ帝国の貴族制度と教育制度に関する講義である。
千尋の膝の上にはミミが座り、千尋のモフりをキメて昇天していた。
繰り返すが、現在は講義中である。
「講義中だというのに、昼間からずいぶん仲のよろしいことですわね」
後方の席から、悪役令嬢――と千尋が勝手に分類しているシトコの声が飛んできた。
小声のつもりなのかもしれないが、非常によく通る声だった。
言っていること自体は正しい。
でも、そろそろ先生が、ぶち切れそうだぞ。
「では、シトコさん」
講師が笑顔で名指しした。
「薩摩藩で行われていた、年長者が年少者を教育する地域共同体型の教育制度を、何といいますか?」
「え?」
シトコの動きが止まる。
「……分かりませんわ」
この日は取り巻きたちの定休日なのか、誰も姿を見せていない。
そもそもシトコは、サツマ帝国の成り立ちにほとんど関心がなかった。
北方に古くから続く在来貴族の令嬢である彼女にとって、西郷吉之助と旧薩摩藩士たちの歴史は、自分たちを征服した側の物語でもある。
その無関心を改めさせるための講義なのだが、在来貴族の学生ほど、この科目を軽視する傾向があった。
「はい!」
千尋が満面の笑みで手を挙げた。
膝の上には、依然としてミミがいる。
「では吉野さん。代わりに答えてください」
「郷中教育です」
千尋は即答した。
「初代皇帝、西郷吉之助は薩摩藩の加治屋町で育ち、近所に住んでいた日本国国父・大久保利通らと共に郷中教育を受けました。その思想が、後の日本国とサツマ帝国、双方の人材教育の基礎となっています」
千尋自身も、サツマ帝国の貴族制度にはそれほど興味がない。
ただし、鹿児島で育ったため、この辺りの問題にはやたらと強かった。
「完璧な回答です。さすが、初代皇帝陛下の故郷から来た留学生ですね」
千尋はミミをモフりながら、首だけをシトコのほうへ向けた。
そして、ニヤニヤと笑う。
三十を超えたいい大人が、年下の同級生へ向ける顔ではない。
非常に大人げなかった。
講師は何事もなかったように授業を再開した。
*
この世界へ流れ着いた西郷吉之助は、戦乱状態にあった九州島の諸勢力をまとめ上げた。
本人に皇帝になる意思があったかどうかは怪しい。
だが、気づいたときには九州島の王となっていた。
西郷が作ろうとしたのは、自分を頂点とする新しい王国ではない。
正確には、彼が敬愛した島津斉彬が目指し、西郷自身が受け継いだ理想の薩摩藩を、この世界で完成させようとしたのだ。
西郷は島津斉彬の思想にならい、性別、身分、職業、種族、出身地にかかわらず、有能な者を側近へ取り立てた。
獣人部族の出身でありながら、皇帝の秘書官として政府の事実上の第二位まで上り詰めたミケどん。
英国海軍出身で、後にサツマ帝国海軍の礎を築いたトマス・グレイ。
そして後からこの世界へ渡ってきた、旧薩摩藩士を中心とする不平志士たち。
彼らの力を借り、西郷は九州島の外へも勢力を広げていった。
獣人の部族社会が形成されていた四国島や紀州島を傘下へ収めた際、西郷は武力だけで従わせるのではなく、有力部族の長や、統一に貢献した者へ爵位を与えた。
この爵位は、土地の所有権と直接結びつくものではなかった。
国家への功績を認める称号であり、一定の年金と宮廷における席次を保証する、名誉爵位に近い制度である。
後に西郷が日本の華族制度を知ると、それも参考にしながら制度の再編が行われた。
その後、サツマ帝国は北方諸国と南方群島を併合する。
北方には、帝国成立以前から領地と民を支配してきた、古い貴族社会があった。
南方群島にも、島ごとに独自の王族や貴族階級が存在していた。
こうしてサツマ帝国には、性質の異なる複数の貴族が共存することになった。
初代皇帝から、功績によって爵位を授けられた新興貴族。
獣人部族の長から転じた貴族。
北方や南方に古くから存在した在来貴族。
旧薩摩藩士を中心とする、日本系移民の子孫。
彼らは同じ帝国貴族でありながら、サツマ帝国と初代皇帝に対する感情は大きく異なる。
旧薩摩藩士の子孫にとって、西郷吉之助は国家を作った英雄である。
獣人部族にとっては、戦乱を終わらせ、自分たちを国家体制へ組み込んだ統一者である。
一方、北方や南方の在来貴族にとっては、自分たちの国を征服した侵略者でもあった。
シトコが、日本から来た千尋へ複雑な感情を向けるのも、無理のないことだった。
千尋は、そんな事情をまったく知らない。
彼女の中では、シトコは「魔法学園に一人はいる悪役令嬢」という分類で処理されていた。
本当に千尋はどんな小説を読んだんだろうか。
*
「初代皇帝は、徹底した実力主義者だったといわれています」
講師が黒板へ文字を書いた。
「しかし同時に、縁や人からの推薦も重視しました」
一人の学生が手を挙げる。
「それは、矛盾していませんか?」
「いい質問です」
講師はうなずいた。
「初代皇帝は、知らない者の能力を、経歴書や短時間の試験だけで判断できるとは考えていませんでした。そこで、信用できる人物からの推薦や、過去に結ばれた縁を重視し、まず機会を与えました」
講師は黒板に、二つの言葉を書いた。
――入口は縁。
――地位は実績。
「推薦によって登用されても、成果を出せなければ地位を失います。反対に、身分が低くても結果を出し続ければ、軍司令官にも大臣にもなれました」
サツマ帝国の拡大に大きく貢献したのは、教育水準の高い旧薩摩藩士と、その子孫たちだった。
彼らは爵位を得て、政府、軍、産業の中核を担うようになる。
だが、その地位は世襲だけで永久に守られるものではなかった。
後継者が無能であれば、官職を失う。
功績を挙げられなければ、年金も削減される。
数代にわたって人材を出せなかった家は、爵位こそ残っても、社会的な影響力を失っていった。
そのため、サツマ帝国の貴族たちは極端なまでに教育熱心である。
貴族だけではない。
一般家庭でも、優秀な子供を郷中や軍学校、魔法大学へ送り出せば、一代で政府や軍の中枢へ上がれる可能性がある。
年長者が年少者を鍛え、成長した者が次の世代を教える。
優秀な者は身分を問わず引き上げ、引き上げられた者には、後進を育てる義務を負わせる。
サツマ帝国そのものが、一つの巨大な郷中教育の場となっていた。
いや。
より正確にいえば、西郷吉之助が育った加治屋町の郷中を、そのまま国家規模まで拡大したもの。
それが、サツマ帝国という国だった。
「なるほど」
千尋はミミを撫でながらうなずいた。
「つまり、体育会系国家ということね」
教室が静まり返った。
「吉野さん」
「はい」
「大筋では間違っていませんが、もう少し敬意のある表現をしてください」
「まさに野蛮な表現ですこと」
後ろから、シトコの声が飛んできた。
「その『巨大な郷中』とやらのせいで、こちらは先祖代々迷惑しておりますのよ」
あ~あ、そろそろリミットだぞ。
「シトコさん」
「はい?」
「あなたにも、もう少し敬意のある表現を求めています」
「……はい」
「それから、キノカワさん」
千尋の膝の上で、ミミが目を開けた。
「私は何も言っていませんよ?」
「まず吉野さんの膝から降りなさい」
「嫌です」
「職員室で続きを聞きましょう」
なお講義の後、シトコと千尋、そしてミミは、三人まとめて職員室へ呼び出された。




