【現代異世界編】音速の魔女と千尋の対潜箒ブートキャンプ1
千尋が異世界に来て一週間。
ここは菊池西郷邸の応接室。
「どうかね? 千尋くん、箒の鍛錬のほうは?」
玉利が千尋に尋ねた。
「ストリート箒のレースで地元の走り屋に勝ち続けていたら、いつの間にか“音速の魔女”って呼ばれるようになって……。この辺では、もう敵はいません」
千尋は照れながら答えた。
「やめてくいやい、と何度言い聞かせても、昨夜も抜け出してストリートレースに参加したみたいで」
源吾が頭を抱えながら言う。
「あの、千尋くん。外交問題になるから、やめていただけませんでしょうか」
玉利が真顔で頼んだ。
「昨日なんて、サインを求められちゃって……」
源吾と玉利は、同時に頭を抱えた。
「海軍と調整がついた。明日から対潜箒に乗ってもらう」
玉利が下を向きながら告げる。
「ということは、今夜が伝説の引退レースですね」
「いや、やめてくいやい」
「今夜のレースに参加したら、対潜箒はお預けでごわす」
「え……」
千尋の中で、対潜箒と“音速の魔女”の引退レースが天秤にかけられる。
数秒後。
“音速の魔女”の称号は、遥か彼方へ飛んでいった。
こうして“音速の魔女”は伝説となった。
走り屋たちの間では、わずか四日間だけ街を支配した女王の話が、十年後も語り継がれることになる。
そして代わりに、伝説の対潜箒乗りの物語が、これから始まるのだった。
*
翌日。
千尋は異世界に来て以来、初めて海上自衛隊の制服に袖を通した。
ここは鴨池海軍航空基地、司令室。
「こちらが、司令の別府殿でごわす」
源吾が紹介する。
「紹介ありがとう、菊池西郷伯爵殿。おいが鴨池海軍航空基地司令を兼ね、鴨池海軍航空教育学校の校長を務める別府でごわす」
「日本国海上自衛隊、吉野千尋三佐です。よろしくお願いいたします」
千尋は背筋を伸ばして敬礼した。
「ははは。そんなに緊張せんでもよか。箒の才能があるなら、対潜箒も防空箒も問題なく乗りこなせるでしょう。期待しています」
別府も答礼する。
「中村という若い者を指導につけます。分からないことは、何でも聞いてください」
「ありがとうございます」
「そして一通りの訓練が終わった後は、こちらに対潜技術のご指導をお願い申す」
別府は、千尋に向かって丁寧に頭を下げた。
「あ、いや、私が教えられることなんて、そんなに大したものでは……」
「大丈夫でごわす。向こうの世界の知識なら、どんな些細なことでも、おいどんたちの糧になります」
隣にいた源吾も頭を下げる。
*
ここは格納庫。
巨大な扉の向こうに、対潜箒と呼ばれる兵器が何機も並んでいた。
おそらく金属製。
機体は、海面に溶け込むような淡い青色で塗装されている。
重量は数トンあるだろう。
明らかに清掃道具ではない。
地球の人間が見れば、誰もが航空兵器の一種だと判断するだろう、
軍事に詳しい地球の人間が見れば軍事系UVAの一種だとも判断するだろう。
機体下部には収納式と思われる車輪。
胴体の左右には、戦闘ヘリコプターを思わせるスタブウイングが伸び、そのハードポイントには短魚雷が懸架されていた。
「これが箒……対潜箒……」
千尋は、機体を見上げた。
「箒とは……何?」
そう呟きながらも、その目はクリスマスプレゼントを前にした子供のように輝いている。
「機首にあるのはピトー管? いや……マズルブレーキ?」
「機銃? 十二・七ミリ?」
「さすがだ、千尋。ブローニングM2の薩摩帝国生産型を、箒用に改修したものでごわす」
源吾が得意げに説明する。
「二百発を搭載できる。」
「箒機関砲二十五年式。対空、対地、対箒用の重機関銃でごわす」
源吾は機銃の固定部分を軽く叩いた。
「いざとなれば機体から取り外し、陸戦用の陣地に据え付けることもできる。簡単そうに見えるが、この着脱機構の設計には苦労したでごわす」
「設計?」
千尋は源吾を振り返った。
「あんた、航空機設計が仕事なの? スパイじゃなくて?」
「あれ? 菊池君、まだ言っていなかったのかね」
横にいた玉利が口を挟んだ。
「いや、だってこいつ、鹿屋ではミネアポリスから来たとか言っていたのよ。P‐8ポセイドンのAIや無人機システムを担当しているとか、妙に対潜戦に詳しいことを言うから……」
千尋は源吾を指さした。
「私、てっきりCIAのスパイだと思っていたわ」
「ひどいでごわす」
「彼は、この国における対潜機設計の責任者だよ」
千尋の動きが固まる
「……本当に?」
「本当に。」
「君のほうで何かアイデアがあれば、どしどし言えばいい。西郷君なら、君の理想とする対潜兵器を形にしてくれるだろう」
千尋は、目を輝かせながら源吾を見た。
それはサンタクロースの正体を知った子供の目ではない。
サンタクロースが実在し、しかも自分専用のおもちゃを設計してくれると知った子供の目だった。
千尋は、すぐさま対潜箒の周囲を回り始めた。
「このお尻から伸びている棒、MAD? 磁気探知機?」
「そうじゃ。日本から輸入したもので、P‐3Cに搭載されているものと同等品でごわす」
「こっちはディッピングソナー? 吊り下げ式ソナーよね?」
千尋は胴体下部に収納された円筒形の装置を覗き込む。
「でも、一人乗りにしか見えない。飛びながら操縦員が音響解析までやるの?」
「通常は四箒で一個小隊を組む。うち二名が水中観測員を兼ね、ディッピングソナーやソノブイの音を判別する」
「操縦しながら?」
「飛行中でもできるが、妖精さんに任せることもできるでごわす」
「え?」
「妖精さん?」
次の瞬間には、機体の下や翼の裏を覗き込んでいた。
「どこ? どこにいるの?」
「探しても見つからん。実体はないでごわす」
源吾は操縦席の後ろに取り付けられた、黒い金属製の箱を指さした。
箱の表面には幾何学的な紋様が刻まれ、中央には淡い青色の魔石が埋め込まれている。
「この箱に魔力を注ぐと、妖精の意識が生成される」
「意識が……生成される?」
「武器管制、水中音響の分析、周囲の対空警戒、航法支援。飛行中に必要な仕事を、操縦者の代わりに手伝ってくれる」
源吾は少し考えてから付け加えた。
「まあ、そちらの世界でいうAIのようなものでごわす」
千尋は無言で箱を見つめた。
「どうした?」
「西郷」
千尋は真剣な顔で振り返った。
「この妖精さん、学習するの?」
「するでごわす」
「飛行記録は残る?」
「すべて記録される」
「複数の妖精さんで、知識を共有できる?」
「現在、研究中でごわす」
千尋は源吾の両肩をつかんだ。
「あなた、これが何か分かって作っている?」
「対潜箒用の補助妖精でごわすが」
「違う」
千尋の目が、再び輝き始めた。
「これ、分散型の自律戦闘AIよ、地球にもないわこんなもの
AIが最近将棋で人間を打ち負かしたらしいけども、それを超えている」
源吾と玉利は顔を見合わせる。
千尋は黒い箱を見上げながら、満面の笑みを浮かべた。
「ねえ源吾。これ、開けていい?妖精さんに挨拶したいの」
「いや実体はないって言ったが…」
「中を見るだけ」
「絶対に駄目でごわす」




