【明治編】還ってきた西郷6
春日丸は、鹿児島港へ接岸した。
桟橋には、鹿児島鎮台が用意した2頭立ての馬車がすでに待機していた。
「この馬車で、玉里までお送り申す」
東郷がそう告げる。
西郷は、馬車を見て目を細めた。
「薩摩では、しゃれた馬車が走りだしたでごわすな」
「は、は、はい。どうぞ」
御者が、ぎこちない声で馬車の扉を開ける。
だが、その手は震えていた。
無理もない。
西郷の後ろに立つミケを見たからである。
黒い耳。
手ぬぐいで隠しきれていない尻尾。
人の姿をしているが、どう見ても普通の人間ではない。
「はは。噛まんから、大丈夫でごわす」
「いや、そこではなかと思いもす」
東郷は小さく咳払いした。
「早く乗ってください。見物人が増えます」
西郷とミケ、そして東郷が馬車に乗り込んだ。
「島津玉里邸まで頼む」
東郷が御者に行先を告げる。
馬車は、ゆっくりと鹿児島の町へ走り出した。
西郷は、窓を少しだけ開けた。
隙間から、町の様子を覗く。
石造りの建物、広く整えられた道に行きかう馬車。
港へ向かう荷車、遠くに見える煙突。
二十年前の薩摩とは、まるで違っていた。
だが、風の匂いは同じだった。
海と、灰と、桜島の匂い。
西郷は、ぽつりと言った。
「おいが、いなくなってから、薩摩はますます栄えちょる」
その声には、喜びだけではないものが混じっていた。
東郷は、少し間を置いて答えた。
「鹿児島は、海軍の町として栄えました」
西郷は、東郷を見る。
「海軍の町」
「はい。亡き斉彬公の御志と、吉野の若の働きのおかげでごわす」
東郷は、窓の外へ目を向けた。
「造船所、製鉄所、斉彬公が生み出し、吉野の若が育てた仙巌園事業、
砲台、学校、港、海軍、薩摩は、海を捨てんかった」
「そうか」
そして、もう一度、窓の外を見た。
「斉彬公は、やはり先を見ちょったのだな」
東郷は答えなかった。
馬車は、玉里邸へ向かって走っていった。




