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異世界の貴族に嫁入りした海自パイロット、魔法大学で潜水艦狩りを教えています なお旦那は初代皇帝西郷隆盛の玄孫です。  作者: なたろう


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【明治編】還ってきた西郷5

西郷が錦江湾に姿を現した、その日の昼過ぎ。


再び、春日丸が黒い海坊主の近くへ戻ってきた。


春日丸からカッターが下ろされる。

その指揮を執っていたのは、東郷平八郎であった。


カッターが波を切り、海坊主の横に停まる小さなタグボートへ近づいていく。


タグボートの上には、吉野の若――島津重明がいた。


東郷は、カッターから顔を上げた。


「ははは。さすが足が早いな、吉野の若は」


若は、にやりと笑った。


「よう、東郷。春日丸の蒸気機関の具合はどうかね」


「もちろん、元気じゃ。仙巌園の者たちに点検してもろうておるからな」


「それはよい」


若は、黒い海坊主を見上げた。


東郷も同じように見上げる。


「で、海坊主の中はどうだったかね」


「いやあ」


若は、楽しそうに目を細めた。


「西郷に中を見せてもらった。非常に興味深い」


「興味深い、で済むものか?」


「済まん」


若は即答した。


「ありゃあ、海の中を走る工場じゃ。金属の筒に、配管、弁、計器、機械。しかも、魔法と電気で動くという」


「魔法?」


「おいも、そこはまだ分からん」


若は、懐から手帳を取り出した。


中には、びっしりと図と寸法らしき書き込みがあった。


「だが、動く理屈の一部は分かる。蒸気だ。あれは蒸気でピストンを動かし、プロペラを回しておる」


東郷の顔つきが変わった。


「海の中を、蒸気で走るのか」


「そうじゃ」


若は、実に楽しそうに言った。


「東郷」


「なんじゃ」


「今度、潜水艦を作る」


東郷は、一瞬だけ黙った。


それから、笑った。


「また始まったな」


「始まった」


「で?」


「操縦を頼むぞ」


「おいがか?」


「お前以外に誰がおる。春日丸を任される男なら、海の中を走る船も任せられる」


東郷は、黒い海坊主を見上げた。


海の上に浮かぶ、異形の鉄の船。


その中から、二十年前に死んだはずの西郷吉之助が帰ってきた。


常識は、すでに壊れている。


ならば、海の中を走る船くらい、今さら驚くほどのことではないのかもしれない。


東郷は、短く息を吐いた。


「若」


「なんじゃ」


「沈んだら、どうする」


「浮かせる」


「浮かばなかったら」


「次は浮くように作る」


東郷は、しばらく若を見た。


そして、笑った。


「よか。操縦してやる」


若は満足げにうなずいた。


「決まりじゃ」


そう言うと、吉野の若は、東郷と入れ替わるようにタグボートへ戻った。


「では、おいは仙巌園へ戻る。寸法をまとめねばならん」


「若、まだ話は終わっちょらんぞ」


「おいの話は終わった。あとはお前たちの話じゃ」


そう言い残し、若の乗ったタグボートは、仙巌園の船着き場へ向かって離れていった。


東郷は、呆れたようにその背中を見送った。


「相変わらずじゃな」


そして、黒い海坊主の上に立つ大男を見上げた。


「さて、吉之助どん」


西郷は、少しだけ目を細めた。


「なんでごわす」


「大久保卿――いや、一蔵どんが、東京からこちらへ向かっちょる」


「江戸からか」


「今は東京じゃ」


「東京……」


西郷は、その名を口の中で転がすように言った。


東郷はうなずいた。


「着くのは二日後じゃ」


「江戸も、二十年前と比べて近くなったどなあ」


西郷は、遠くを見るように笑った。


「鉄道と電信のおかげでごわす」


「そうか」


「で、吉之助どん」


東郷は、少し声を落とした。


「どうする。ここで大久保が来るまで待つでごわすか」


西郷は黙った。


錦江湾の波が、黒い艦体を静かに叩いている。


東郷は続けた。


「久光公が、会いに来るなら来い、と言うちょる」


西郷は、思わず笑った。


「久光公らしか」


「玉里邸じゃ。仙巌園ではない」


「おいに、そちらから出向け、ちゅうことか」


「そういうことでごわす」


西郷は、しばらく桜島を見た。


二十年前と同じ山。

だが、港も、船も、町も、まるで違っていた。


「……久光公は、怒っちょるか」


東郷は少し考えた。


「怒っちょる」


「やはりな」


「だが、幽霊ではなかったか、とも言うちょった」


西郷は声を上げて笑った。


「ははは。久光公らしか」


それから、西郷はゆっくりとうなずいた。


「よか。参りもす」


「よかとか」


「二十年ぶりに帰ってきて、久光公を待たせるわけにもいかん」


東郷は、ほっとしたように息を吐いた。


「では、手配する」


西郷は、黒い海坊主の甲板から、鹿児島の町を見た。


「一蔵どんが来る前に、久光公に会うか」


その声は、どこか懐かしそうで、そして少しだけ重かった。


黒い海坊主の周囲には、いつの間にか船が増えていた。


春日丸だけではない。


応援に駆けつけた海軍の練習艦。

鹿児島鎮台から派遣された小舟。

仙巌園から出たタグボート。


さらにその外側には、漁船や小舟が集まっていた。


黒い海坊主を一目見ようと、錦江湾の漁師や町人たちが押し寄せていたのである。


「なんじゃ、あん黒か船は」

「海坊主じゃろ」

「いや、鉄の鯨じゃ」


「なんじゃ、あれは、猫かクロネコか?

猫が服を着て歩いちょる」


ざわめきが、海の上に広がっている。


もちろん、勝手に近づかせるわけにはいかない。


大久保からの電信命令により、海軍と鹿児島鎮台は、見物船が黒い海坊主へ接触しないよう警戒線を張っていた。


だが、完全に追い払うこともできない。


相手は鹿児島の民である。


しかも噂はもう広がっていた。


謎の外国船が黒い鉄の船に乗って錦江湾へ出現した。


そんな話を聞かされて、見に来るなという方が無理だった。


東郷は、周囲の船影を見ながらため息をついた。


「こいは、もう隠せんでごわすな」


西郷は、静かに笑った。


「鹿児島らしか」


「笑いごつではなか」


「分かっちょる」


西郷は、見物船の向こうに見える鹿児島の町を見た。


かつて自分が知っていた薩摩ではない。

だが、それでも、確かに薩摩だった。


「おいは、帰ってきたのだな」


その言葉に、東郷は何も返せなかった。


「久光公のもとへ向かいます。春日丸でお送りいたします」


東郷は、そこでミケどんを見た。


黒い耳。

黒い尻尾。

そして、遠巻きにこちらを見ている漁船の群れ。


東郷は、少し考えた。


「……そのお付きの方は、この手ぬぐいを被ってください」


「手ぬぐい、でごわすか?」


「耳が見えると、町がひっくり返ります」


ミケどんは、しゅんと耳を伏せた。


「おいは、町をひっくり返すつもりはありもはん」


「分かっております。ですが、すでに漁師が三人ほど腰を抜かしております」

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