【現代異世界編】たいげい型潜水艦なんげい3
「荷物は持ったでごわすか?」
「持ったけど、私、パスポート持ってきてないわよ」
突然、荷物をまとめてハッチから外へ出ろ、と言われた。
台湾に、潜水艦で、パスポートなしで入国。
いや、入国なのだろうか。
もう何が何だかわからない。
今度は自分が、CIAのエージェントにでもなった気分だった。
下手をすれば、この台湾で解剖されるかもしれない。
この怪しい男にまんまと誘われて、鹿児島市を案内したばかりに。
そんなことを考えているうちに、ハッチが開いた。
源吾が先に甲板へ上がる。
開いたハッチから、外の風が流れ込んできた。
千尋は、そこで眉をひそめた。
匂いが違う。
潮の匂いはする。
けれど、自分の知っている鹿児島市の空気ではない。
それに、明るい。
少なくとも、地下ドックの明るさではない。
日光だ。
本物の太陽の光だった。
ハッチの外から、源吾の声がした。
「千尋、気を付けて上がってきてくいやんせ」
「はいはい」
千尋は、荷物を抱え、慎重にラッタルを上がった。
その途中で、別の声が聞こえた。
女性の声だった。
「菊池西郷伯爵。長い旅、お疲れ様でごわす」
千尋は、動きを止めた。
源吾以外にも人がいる。
しかも女性。
しかも、「ごわす」鹿児島弁訛り。
そして今、この女は何と言った。
菊池西郷伯爵。
伯爵。
千尋は、ラッタルの途中で目を閉じた。
また設定が増えた。
ハッチのから顔をだすと、台湾地下ドックではない、
港町、大都市のようだ、都市の反対側には桜島、
自分の知っている桜島とは形が違うと思うけども、多分桜島だ。
源吾が手を差し出す、
「おじゃったもんせ、おいの国へ」
千尋は、その手を取って甲板へ上がった。
甲板の上には、源吾のほかに三人。
全員、自分の知らない軍服を着ている。
軍服には、太刀と、脇差。
そのうちの一人を見て、千尋は固まった。
茶色い髪。
犬のようなたれ耳。
大きめの口元。
お尻にはモフモフのしっぽ。
え?
着ぐるみ?
マスコット?
その“コーギーのような何か”が、ぴしりと敬礼した。
「日本国海上自衛隊所属、吉野千尋三等海佐。ようこそ、サツマ帝国へ」
「……キモツキ少佐、出迎えご苦労」
源吾が、着ぐるみ、敬礼を返す。
反射的に、千尋も敬礼を返した。
だが、頭が真っ白で、返す言葉が出てこない。
サツマ帝国って何。
いや、待て。
口の動きと声が同期している。
多分、かなり高額な着ぐるみだ。
アニマトロニクスとか、そういうやつだ。
テレビで見たことがある。
その時だった。
上空から、風を切る音が近づいてきた。
見ると、同じ軍服を着た軍人が、箒に乗って甲板へ降りてくる。
千尋は、無言でそれを見た。
箒。
本当に、箒だった。
その人物は箒から軽やかに降りると、まっすぐ源吾の前へ進み、敬礼した。
「菊池西郷伯爵。長い旅、お疲れ様でごわす。」
「大山元帥、お迎えご苦労でごわす。」
源吾が、あっさりと答える。
そして箒の軍人は、ちらりと千尋を見た。
「この、よかおごじょが、報告書にあった例の嫁さんでごわすか?」
「ようこそ、サツマ帝国へ」
また同じことを言われた。
いや、嫁とは何だ。
それよりも。
千尋の頭の中は、別のことでいっぱいだった。
箒で飛べる異世界。
自己紹介より先に、口から出たのは、それだった。
「私、その箒に乗りたいです。私でも飛ばせますか?」
源吾は、少し驚いた顔をした。
それから、笑った。
「飛べもす」
千尋は、その答えを聞いて、ようやく少しだけ笑った。
どうやら、自分はとんでもない場所へ来てしまったらしい。
だが。
飛べるのなら、それも悪くない。
いや、正直に言えば、かなり悪くなかった。
P-1は空飛ぶ要塞だ。
計器とセンサーとコンソールに囲まれ、乗員全員で海を睨む、現代技術の塊である。
それはそれで好きだ。
だが、目の前にあるのは箒だった。
清掃道具である。
棒である。
なのに、それで人が空を飛んでいる。
町の方をみると、複数の箒が飛んでいる、
自転車のような感覚で、空を飛んでいると千尋は感じた。
空気を直接感じながら。
身体ひとつで、風の中へ入っていくように。
そんなもの、狂った飛行機乗りに見せていいわけがない。
「免許は必要ですか?」
「教習所には通う必要がありますか?」
箒に乗ってきた軍人が、困ったように源吾を見た。
千尋はさらに続けた。
「あと、武装は?」
「……武装?」
源吾が、額に手を当てた。
「千尋殿」
「はい」
「まずは、普通に飛ぶところからでごわす」
「普通に飛ぶ箒と、武装箒は別免許ですか?」




