【現代編】自称ミネアポリスから来た男6
鹿児島中央から電車で三駅目。
日本鉄道発祥の地と言われる、仙巌園駅。
「ここが仙巌園。島津家の別邸。桜島を借景にした庭園で、鹿児島観光の定番ね」
「……ここが、磯庭園か」
「今どき観光客で磯って言う人、なかなかいないけど」
千尋はそう言いながら、源吾を連れて園内を進んだ。
反射炉跡。
そして、ベッセマー転炉跡。
そのあたりまで進んだところで、源吾の様子が変わった。
「斉彬公……久光公……重明公……お鶴殿……よう、ここまで……」
目の前で、何かが始まった。
「ここで重明公は、集成館の火を絶やすまいと……」
自称ミネアポリスから来た怪しい男が、仙巌園の庭先で、千尋の先祖が登場する幕末薩摩一人時代劇を熱演している。
「ここで、吉野の若が言うのでごわす。
『西郷よ、海はイギリス、フランス、アメリカ、どことでもつながっているぞ』」
源吾は、今度は別人のように太い声を作った。
「そして西郷は言う。
『このナポレオン伝を読んだ。セントヘレナへ島流しになっても、なお名を残す男がおる。ならば、おいも――』」
何の話かわからない。
なにこれ。
千尋は、数歩離れたところから源吾を見ていた。
しかも、微妙にうまい。
腹が立つ。
「あれ、イベント?」
「ガイドさん?」
「すごい鹿児島弁。俳優か?」
「すげえ、アルティメット鹿児島弁ニキや!」
気づけば、観光客が集まってきていた。
やめて。
こっちを見ないで。
私は関係者ではない。
その時、背後から静かな声がした。
「お客様、少々よろしいでしょうか」
千尋は、そっと目を閉じた。
あ、終わった。
「私は、しろくまと両棒餅を食べて待ってるので。ごゆっくりどうぞ」
「教官どの、どちらへ?」
腕をつかまれた。
ニュース沙汰だけは。
懲戒免職だけは。
勘弁してください。
しかし職員は、源吾の差し出した何かを確認すると、表情を改めた。
「菊池様でいらっしゃいましたか。お待ちしておりました」
千尋は、源吾を見た。
「待たれてたの?」
「観光地で一人時代劇をする予約って、何?」
「それは予約しておりもはん」
「そこは否定するんだ」
応接室へ通された。
源吾が、応接室に飾っている、集合写真を指差す、
「千尋」
「なに」
「これは、そなたではありもはんか」
「は?」
源吾が指さした先。
そこには、祖父の横で緊張した顔をして立っている、小さな女の子が写っていた。
千尋だった。
「……私だ」
「なんで気づくの」
「面影がありもす」
「子供の頃の集合写真から?」
「はい」
「怖い」
その隣には両親がいた。
祖父もいた。
写真の下には、式典名と出席者の名前が記されていた。
島津本家。
島津重工業。
吉野島津家。
そして、祖父の名前。
千尋は、そこで初めて、自分の家が思っていたよりも面倒な場所に立っていることを知った。
千尋は知っている、曾祖父は 吉野島津の若の三男にして
島津重工業の航空機部門の父、
祖父は 零戦乗り、初期のジェット戦闘機乗り、最初のファントムライダー、ブルーインパルス創立メンバー
ジャンボジェットを日本までデリバリーした日本航空史の伝説の男。
そこまでは、千尋も知っている。
千尋は、自分の家を、四代続く飛行機乗りの家系だと思っていた。
吉野島津家の話も、古い親戚の話。
島津重工業との縁も、鹿児島の古い家ならよくある縁。
その程度の認識だった。
だが、その写真の中で祖父は、飛行機乗りとしてではなく、吉野島津家の人間として写っていた。
しばらくして、偉い人が出てきた。
「遠いところを、ようお越しくださいました」
「鹿児島にとって、あなたの御家は……古い約束の相手ですから」
いやいやいや、怖い。
「吉野千尋さんですね。お祖父様には、私もお世話になりました。」
「はあ…。」
いやいやいや、怖い。
やっぱ西郷をひいひいお爺さんと言っていたのは本当だったのか?
千尋は、ちらりと源吾を見た。
西郷吉之助を、ひいひい爺様と呼んでいた男。
仙巌園で一人時代劇を始めた男。
そして、なぜか仙巌園の応接室で待たれていた男。
まさか。
いや、まさか。
でも、ここまで来ると笑えない。
CIAのスパイ、時代劇に脳を焼かれた面白スパイのほうが、マシだったかもしれない。




