【現代編】自称ミネアポリスから来た男7
「吉野千尋三等海佐」
部屋の奥に座っていた制服組の偉い人が、静かに口を開いた。
「なぜ自分がここに呼び出されたかわかるかね」
やばい。
やばい。
やばい。
仙巌園で、CIAっぽい男と一緒に偉い人の応接室へ通された件だろうか。
飛べなくなるのだけは嫌だ。
あと、何ここ。
司令以外にも、制服組の偉い人がいる。
よく分からないが、とにかく偉い人である。
千尋は背筋を伸ばした。
「強いて言えば、先日提出した報告書の件かと」
「ほう」
「結論から申し上げます。あの男はスパイです。CIA、SVR、FSB、モサド。そのいずれか、あるいは複数の可能性があります」
「いや、違う」
制服組の偉い人が、即座に遮った。
「それだけは断言できる」
「では、何なんですか、あの男」
その問いには答えず、偉い人は手元の封筒を取った。
ぱさっ。
机の上に、何枚もの写真がばらまかれた。
鹿児島中央駅。
鍛冶屋町。
仙巌園。
しろくま。
両棒餅。
しゃぶしゃぶ。
写っているのは、千尋と源吾だった。
しかも、どれも微妙に楽しそうだった。
「中央駅。鍛冶屋町。仙巌園。しろくまに両棒餅。最後はしゃぶしゃぶか」
偉い人は、口元だけで笑った。
「くくく。随分楽しそうなデートじゃないか」
「監視していたんですか?」
「護衛だ」
「監視ですよね」
「護衛だ。彼は国賓なものでね」
「……は?」
千尋は、思わず聞き返した。
「国賓?」
「そうだ」
「こくひん?」
「発音を確認しても意味は変わらん」
「どういうことですか。いや、それ以前に、これは監視ですよね」
「護衛だ」
「写真を撮ってます」
「護衛記録だ」
「食べたものまで撮ってます」
「健康管理だ」
「護衛だ。彼は、極めて重要な人物だ」
「国賓ですか?」
制服組の偉い人は、少しだけ沈黙した。
「対外的には、存在しない」
「……はい?」
「存在しない国の、存在しない賓客だ」
「怖い言い方やめてもらえます?」
「君は、彼のことを好いているのかね?」
唐突に、制服組の偉い人が言った。
千尋は固まった。
「……はい?」
「写真を見る限り、随分楽しそうだ」
「現地案内です」
「しろくまを食べていた」
「鹿児島案内です」
「両棒餅も食べていた」
「鹿児島案内です」
「しゃぶしゃぶも」
「鹿児島案内です」
「なるほど。鹿児島案内とは、なかなか楽しそうだな」
「それ、セクハラですか?」
千尋がそう返すと、今度は司令が低い声で言った。
「吉野三佐」
「はい」
「お前、このままだとNASAに解剖されるぞ」
「はあ?」
千尋は思わず声を上げた。
「セクハラの次は宇宙人扱いですか?」
「魚雷で戦闘機を落とす奴を、地球人とは言わないんだ。この世界ではな」
「いや、あれはシミュレーターのバグを利用した裏技です。現実では発生しません」
「その説明を、アメリカが素直に信じると思うか?」
千尋は黙った。
司令は、机の上の写真を一枚めくった。
そこには、鹿屋基地のシミュレーター記録らしき資料が挟まれていた。
「問題は、ラプターを落としたことそのものではない」
「では、何が問題なんですか」
「その時、シミュレーターに設置されていた実験装置が、お前から妙な数値を拾った」
「実験装置?」
「米国側の共同研究機材だ。表向きは操縦者の負荷、反応速度、空間認識を測定するためのものだった」
「表向きは?」
制服組の偉い人が、静かに言った。
「向こうは、それ以上のものを測っていた可能性がある」
千尋の背筋に、嫌な汗が流れた。
「NASAもペンタゴンも、お前をよこせと圧力をかけてきた」
「……私は、ただの海上自衛隊のパイロットです」
「だから困っているんだよ」
司令は、深くため息をついた。
「おまえ、海上自衛隊をやめろ。」
「はあ?飛べなくなるのは困ります。」
「じゃあ、お前、あの男と結婚しろ」
部屋の空気が止まった。
「……はい?」
「菊池源吾。いや、西郷帝国伯爵家、菊池源吾とだ」
「はあああ? 伯爵家?」
「そうだ」
「ミネアポリスの技官じゃないんですか?」
「違う」
「CIAでもない?」
「違う」
「じゃあ何なんですか」
「西郷吉之助が建てた国から来た、王族だ」
千尋は、しばらく無言で司令を見た。
それから、ゆっくりと言った。
「すみません。どこから突っ込めばいいですか」
「好きなところからでいい」
「私は、ただの海上自衛隊のパイロットです」
「だから、困ってるんだよ」
司令はもう一度、心底疲れたようにため息をついた。
「生きたまま解剖されるか、あの男と結婚して姫様になるか。どちらがいい」
「選択肢が両方おかしいです」
司令が扉の方を見た。
「入ってきていいぞ」
コンコン。
軽いノックの後、扉が開いた。
「失礼しもす」
入ってきたのは、あの男だった。
自称ミネアポリスから来た技官。
仙巌園で一人時代劇を熱演した男。
西郷吉之助を、ひいひい爺様と呼んでいた男。
菊池源吾が、まっすぐ千尋を見た。
そして、いつもの胡散臭いほど丁寧な顔で、深く頭を下げた。
「吉野千尋殿」
「……はい」
「俺の国に、来てくれもはんか」
「そこの空では、飛べますか?」
「飛べもす」
「どうやって?」
「箒で。」
「クロネコと喋れるようになるの?」
「喋れもす。」
「潜水艦は?」
「おりもす」
「狩れますか?」
「狩ってもらいもす」
千尋は、司令を見た。
「司令」
「なんだ」
「少し、興味が出てきました」
司令は、心底疲れた顔で天井を見上げた。
「本当に、お前はそういう女だな」




