【維新RTA編】超高速大政奉還9 涙目家茂
伊豆半島・石廊崎の遠見番所(禁門の変から3日後の早朝)
「う、嘘だろ…。早く奉行所へ早馬を飛ばせ」
水平線の向こうから堂々と姿を現したのは、船体をこれでもかと真っ黒に塗られた、巨大な蒸気船の列。それも、ペリーの時の4隻と9隻を遥かに凌駕する「計12隻」の漆黒の大艦隊だった。
彼らは隠れる素振りすら見せず、むしろこれ見よがしに、巨大な煙突から盛大に黒煙を吹き上げ、ゆっくりと、しかし確実に江戸湾へと進路を取っていた。
「久光公、見てください、下田の芋どもが、慌ておる。」
五代は久光へ双眼鏡を渡す、
「ハハハ、実に気分がよい、ペリーの奴もこんなに気分が良かったんだろうな」
わざと、国籍が識別できる旗はあげていない、小舟が近づこうとすると、艦隊は絶妙な距離を保って接触を避けた。
艦隊は、下田沖からあえて速度を落とし、二十四時間をかけて浦賀沖へ進む計画であった。
下田から急報を受けた浦賀奉行所は、大パニックに陥った。
かつて中島三郎助らがペリーの黒船に接触したあの浦賀の海を、薩摩の黒塗り12隻の
艦隊は何食わぬ顔で悠々と通過していく。
奉行所から江戸城へ向けて、凄まじい勢いで「最速の早馬」が何騎も発せられた。
「下田より急報!! 謎の黒船12隻、浦賀を通過!!」
「異国の艦隊、品川沖へ向けて進軍中ッ!!」
京都での「禁門の変(長州の乱)」の第一報が届き、14代将軍・徳川家茂や老中たちが「天子様が! 京の街が!」と涙目で大混乱に陥っている、まさにその瞬間だった。
「も、申し上げますッ!! 石廊崎の遠見番、および浦賀奉行所より緊急事態!!
国籍不明の漆黒の巨大蒸気船……! その数、計12隻!!浦賀沖を江戸湾に向けて航行中」
「慶喜だ……! 一橋慶喜はどこへ行った!? これほどの国家大事、慶喜を呼び出し、異国への対応を相談せねばならん! 早く、早く慶喜をここに呼べ!!」
涙目の家茂が老中に言う
「……上様、お忘れなされましたか。慶喜公は……現在、禁裏御守衛総督として、京都滞在中でございます。今まさに届いた飛脚の報によれば、慶喜公は御所の蛤御門にて、長州相手に、必死に防戦中でございます……!」
「勝だ……勝海舟を呼べ! あの男なら船が分かる!」
涙目の家茂 ドタドタドタドタ 大きな足音を立て今度は大奥へ
このころ家茂は脚気に苦しんでおり、本来なら大奥まで駆け込めるような体ではなかった。
だが、それどころではない。
「天璋院様……! 天璋院様、お助けくだされ……っ!!」
天璋院は、膝元に広げていた一通の文を静かに畳んだ。
差出人は、大久保一蔵。
それを袖の奥へしまうと、何事もなかったように家茂を迎えた。
「これはいかがされました、上様、将軍とあろう方が、ドタドタとそのような取り乱した姿で大奥へ駆け込んでこられるとは」
「徳川は、徳川はもう、終わりでございます。京では長州のバカどもが、京を焼き、江戸湾には異国の黒船が、12隻、またペリーが現れたのでございます。」
「まあ、何たることでございましょう、ペリーが12隻」
「いや、ペリーが12隻ではございません、黒船が」
「上様、まずはお座りください」
「これは、天のお導きでございます」
「天の……?」
「京の乱も、品川の12隻も、すべては徳川の役目が終わったという、神仏の告げにございます」
「役目が……終わり……?」
「左様。異国と戦えば、江戸は焦土となります。長州と戦えば、日本は真っ二つに割れます。上様、これ以上、罪なき民の血を流してはなりませぬ」
「徳川の誇りを守る道は、もう一つしかございません」
「一つ……」
「天に、そして天子様に、政権をお返しするのです」
「天に……天子様に……」
家茂は、さらに混乱の深みに沈んでいるように見えた。
だが天璋院は、大久保の文に書かれていた通り、家茂の心に一つの言葉を植えつけた。
政権を返す。
その言葉を。




