【西郷帝国編】超高速大政奉還5.5
ここは異世界。
王の執務室。
複数の魔術師たちが、大きな鏡のような魔道具を囲み、低く呪文を唱えていた。
仕上げに、王が膨大な魔力を注ぎ込む。
鏡の表面が、水面のように揺れた。
そこに映ったのは、京の薩摩藩邸。
深夜の座敷で密談する、三人の男。
島津久光。
小松帯刀。
そして、大久保一蔵。
王は、鏡に向かって声を張り上げた。
「一蔵さあ! 止めてくいやんせ! そいはやりすぎじゃが!」
魔力が、声に乗る。
声は海を越え、世界を越え、届くはずのない友の耳へ届いた。
『……聞こえちょるよ、吉之助さあ』
返事があった。
西郷吉之助の声は、大久保一蔵に届いていた。
『敬天愛人。正々堂々。おはんがこの国に居れば、その光に惹かれて、誰もが薩摩に味方したじゃろう』
『だが、おはんは月照様を遺して、海に消えてしもうた』
『……おはんが居らんからだ』
王は泣きながら、さらに魔力を声へ込めた。
「一蔵さあ! そいは違う! そいでは、おはんが戻れん!」
次の瞬間。
パリーン!!
鏡のような魔道具が、音を立てて砕け散った。
周囲の魔術師たちが慌てふためく。
それは、王国の国家予算の半分をつぎ込んで作られた、異界観測用の大魔道具であった。
砕けた。
たった一度、友に声を届けるためだけに。
王は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
やがて、執務室の椅子へ崩れるように座り込む。
九州島は、すでに王国の支配下に置いた。
王国は快進撃を続けている。
王国が帝国を名乗るまで、あと数年。
それでも王の胸にあったのは、勝利の高揚ではなかった。
友を止められなかった悔しさであった。
王は、涙を拭った。
そして、静かに決意する。
水中を進む船を作る。
海の底を越え、世界の境を越え、友に会いに行く船を。
一蔵を止められるのは、自分しかいない。
その日、西郷吉之助は王としてではなく、友として、地球へ帰る方法を探し始めた。




