【維新RTA編】超高速大政奉還5
京 薩摩藩邸の深夜
薩摩の首脳陣が集まる
中心には机の上には、報告書と数枚の命令書が置かれている。
長州の動き。
禁門周辺の配置。
京の町割り。
火を放つ場所。
逃走経路。
それは、もはや政治工作ではなかった。
戦であった。
「……一蔵」
島津久光が、低い声で言った。
「本当にこれをやる気か」
大久保は答えない。
久光は続けた。
「長州に偽物の英国銃を握らせて踊らせる。そこまではよい。いや、よくはなかが、まだ分かる」
久光は机の上の京の地図を睨んだ。
「だが、京の街に自ら火を放つなど、おはん、正気の沙汰ではないぞ。天子様のお膝元を焼くなど、一歩間違えれば、薩摩が朝敵になりもす」
沈黙…。
その時、大久保の耳に、誰にも聞こえない声が届いた。
『一蔵さあ! 止めてくいやんせ! そいはやりすぎじゃが!』
かつて海に消えた友の声である。
大久保は、ゆっくりと目を閉じた。
「……聞こえちょるよ、吉之助さあ」
久光と小松が、同時に大久保を見た。
「おはんの言うことは、いつも正しい」
大久保は、誰もいないはずの空間へ語りかける。
「敬天愛人。正々堂々。おはんがこの国に居れば、その光に惹かれて、誰もが薩摩に味方したじゃろう」
大久保の声は静かだった。
「だが、おはんは月照様を遺して、海に消えてしもうた」
小松帯刀が、そっと久光を見る。
久光も小松を見る。
目線だけで会話が交わされた。
――一蔵、寝ておらんのではないか。
――重圧で頭がおかしくなったのでは。
大久保は構わず続けた。
「最近、吉之助さあの幽霊が、やめてくれと語りかけてくるのです」
「……幽霊?」
小松の声がかすれた。
「海の底の世界で、王になったらしいです」
「え……?」
久光と小松の顔が固まった。
大久保は目を開いた。
その瞳には、狂気ではなく、もっと厄介なものがあった。
覚悟である。
「……おはんが居らんからだ」
大久保は、誰にともなく呟いた。
そして、命令書へ手を伸ばす。
筆を取る。
さらさらさら。
命令書の末尾に、己の名を叩きつけるように署名した。
大久保一蔵。
京の夜が、少しだけ冷えた。




