【維新RTA編】超高速大政奉還3
ここは深夜の神戸港。
停泊している蒸気船から、デリック――人力で動かす船のクレーン――を使い、いくつもの長い木箱が陸揚げされていた。
中身は、産地直送。
仙巌園産のイギリス製エンフィールド銃と、弾薬一式である。
船をチャーターした亀山社中は、その木箱を港で長州側へ引き渡していた。
長州側の荷受けを指揮しているのは、桂小五郎。
のちの木戸孝允である。
「それにしても坂本さん、亀山社中の蒸気船は立派じゃの。イギリス製かの?」
積み荷も船も、実は全部薩摩製。
そんなことは、口が裂けても言えない。
坂本龍馬は、白い歯を見せて笑った。
「これはイギリス製の中古蒸気船を、亀山社中が買い取ったんじゃ。立派じゃろう」
「船員もよう働く。黙々と作業しておる。後で長州の志士にも見習わせたいものじゃ。あとで少し話を聞かせてもらえるかの?」
龍馬の背筋に、冷たいものが走った。
喋らせるわけにはいかない。
喋った瞬間、薩摩の船員だとばれる。
「おもに長崎を中心とした九州の者じゃ。海の男は働き者じゃき」
その時だった。
コンクリートの防波堤などない時代の港である。
大きな三角波が船体にぶつかり、跳ね上がった海水が、甲板員の一人に頭から降りかかった。
ずぶ濡れになった船員は、思わず叫んだ。
「いしぃたっ!」
試しに鹿児島出身の人に水をかけてみるといい。
何割かの鹿児島人は、標準語とは別の表現で叫ぶだろう。
びっくりした時の鹿児島弁。
「いしぃたっ!」と
※やめてください。最悪、チェストで真っ二つにされても責任は取れません。
坂本龍馬は、しまった、という顔をした。
桂は、ずぶ濡れになった船員の方をじっと注視していた。
龍馬は慌てて叫ぶ。
「……谷!! おい、石谷!! おう危なかったな、海の作業は気をつけんと!
石谷の奴、デリック操作を誤ったぞ。海の上では一瞬の油断が命取りじゃけん!」
「……石谷、さん、か」
「坂本君のところの社中は、危ない瞬間にも見事な連携を見せる。デリック操作を誤るほどの大波の中で、よくぞこれだけの積み荷を無傷で陸揚げしてくれた。感心した。やはり、よく訓練された優秀な九州の男たちだな」
「ハ、ハハハ! そうながです。うちの石谷は、ちょっとドジでねえ!」
もちろん、そんな船員はいない。
龍馬は背中に文字通り滝のような冷や汗を流しながら、満面の営業スマイルで桂の肩を叩いた。
石谷という、ドジな男にされた船長 五代は坂本のナイスフォローに感謝しつつ。
龍馬の悪魔的な機転の早さに、恐怖混じりの畏敬の念を抱いた――。
龍馬は大声で笑いながら、強引に話題を変えた。
「それより桂さん、ほら、次の箱が降りてきたぜよ。グラバーの旦那が太鼓判を押した、ロンドン塔刻印のエンフィールドじゃ! 早く検収して、長州の屋敷へ運んでくだされ!」
桂は、何かを察したように目を細めた。
だが、それ以上は追及しなかった。
今の長州に必要なのは、真実ではない。
銃である。
「……そうだな」
桂は木箱へ視線を戻した。
「坂本君。君たち亀山社中のおかげで、我が長州は戦える。この最新銃で、必ずや幕府の鼻を明かしてみせるよ。感謝する」
こうして、産地直送のロンドン塔刻印エンフィールド銃は、神戸近郊で長州が秘密裏に用意していた農家へ、分散して運び込まれていった。
長州は、英国製の銃を受け取ったつもりだった。
実際には、薩摩製の導火線を受け取っていたのである。
史実より少し早く起きた八月九日の政変。
後世でいうところの八月十八日の政変で、長州は心をバリバリに折られていた。
この夜、受け取ったサツマエンフィールドはまだ200丁あまり。
だが、その二百丁は、折れた長州の心に再び火をつけるには十分だった。
この火の付いた導火線が、長州の狂気的な復讐心と共に限界まで熟成し、京都の街で大爆発を起こすまで――。 ――二年――
大久保のタイムラインは、ここから「2年」の歳月をじっくりと、静かにカウントダウンし始める。




