【維新RTA編】超高速大政奉還2
ここは長崎。
トーマス・グラバーの屋敷。
つまり、グラバー邸である。
夜の闇に紛れて、大きな長い木箱がいくつも運び込まれていた。
表で大っぴらに見せてはいけない物である。
その場にいるのは、大久保一蔵、五代才助、坂本龍馬。
数人の薩摩藩士と、亀山社中の面々。
しかし、木箱を運んでいる薩摩藩士たちは、自分たちが運ぶ箱の中身を知らされてはいない。
その日、グラバーは実にクレイジーな商談を持ちかけられていた。
自分が、その箱の中身を売ったことにする。
それだけで、販売代金の二割が自分の懐に入るというのだ。
五代は木箱を開けると、英国商人トーマス・グラバーへ二丁のエンフィールド銃を差し出した。
一丁は本物。
もう一丁は、仙巌園で作られた薩摩製の偽物である。
グラバーは、二丁の銃を受け取った。
カチャ。
カチャカチャ。
銃身。
銃床。
機関部。
刻印。
重さ。
傷。
油の匂い。
どう見ても、アメリカ南北戦争で、使い込んだ中古のイギリス製エンフィールド銃にしか見えない。
英国商人の目が、細くなる。
「片方ガ、薩摩デ作ッタ? ……ワカリマセンネー」
グラバーは銃を構え、銃床を肩に当て、照準を覗き込んだ。
そして、納得したように笑った。
「ビューティフル。コレガ薩摩デ作ッタ銃ネ。アメリカ南北戦争デ使イ込ンダ、イイ、ダメージ加工シテイルヨ。本当ニ、戦場ヲ抜ケテキタ銃ミタイダヨ」
ただし、この銃には、薩摩の職人が、わざと残した小さな癖が一つだけ残っていた。
長州がそれに気づくのは、年号が明治に変わってからのことである。
パチ、パチ、パチ。
大久保と龍馬が、静かに手を叩いた。
「さすが、グラバー殿」
五代が笑う。
「英国商人の目でも見分けがつかぬなら、長州の志士にはなおさら分かりますまい」
グラバーは肩をすくめた。
「イイ仕事ネ。悪イ仕事ダケド、イイ仕事ネ」
大久保は微笑んだ。
「お褒めいただき、光栄ですな、グラバー殿」
龍馬が身を乗り出す。
「で、どうなんだい、グラバーの旦那。旦那はただ、“イギリスから長州へ最新銃を売った”と帳簿に書くだけ。長崎で寝てるだけで、懐があったまるがや」
グラバーはしばらく黙った。
そして、大久保へ手を差し出した。
大久保がその手を取る。
握手が成立した。
「わしもだがや」
坂本龍馬が、二人の握手に無理やり手を重ねた。
こうして、また一人。
大久保の計画の共犯者が増えた。
明治初期の日本陸軍。
台湾出兵。
西南戦争の起きなかったこの世界における各地の士族反乱鎮圧。
そして東アジア各地の内戦や反乱。
そこには、イギリス製エンフィールド銃に混じって、なぜか出所不明の“よくできた偽物”が紛れ込んでいた。
王冠。
TOWER。
一八六一。
すべて英国製を示すはずの刻印。
そして隠された丸十字。
後年、歴史研究家の間では、この銃は『サツマエンフィールド』と呼ばれることになる。
やがてサツマエンフィールドは正規軍の一線から退き、払い下げ品、改造銃、地方警備隊の装備、反乱軍の武器として東アジアへ流れていく。
日清戦争のころには旧式。
日露戦争のころには骨董品。
第一次世界大戦のころには、どこかの地方軍閥の倉庫から埃をかぶって出てくる銃になっていた。
それでも、まだ撃てた。
薩摩の職人が作った偽英国銃は、奇妙なほど長生きしたのである。




