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異世界の貴族に嫁入りした海自パイロット、魔法大学で潜水艦狩りを教えています なお旦那は初代皇帝西郷隆盛の玄孫です。  作者: なたろう


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【異世界編】タンデム水中空母実習4

「もうそろそろかなあ?」


千尋が退屈そうに呟いたその場所――『ヴェリーキー・オケアン』が猛スピードで目指している目標地点の上空には、海面スレスレでホバリングする一騎の鋼鉄の箒があった。

そこから海中へと細いケーブルが伸び、ディッピング(吊り下げ式)ソナーが深く吊り下げられている。


「教官、静かにしてください」


後ろに跨るクリオは、大きなヘッドホンのような魔導集音器を耳に密着させ、全神経を海中の音に集中させていた。

本来なら、こんな音響解析は「妖精さん」に聞かせておけばいいのだ。ちなみに「妖精さん」とは、箒に搭載された魔力駆動の自律型演算精霊――現代日本でいうところの「AI」である。

これさえあれば、パイロットがソノブイやディッピングソナーの雑音に直接耳を傾けなくても、敵潜水艦の位置を自動で測定・プロットしてくれる便利な機械だった。


だが、今のクリオはあえて手動マニュアルで音を拾っている。千尋の仕掛けた悪質なフェイクに、敵がどう引っかかっているかを正確に把握するためだ。


周囲の空を見上げれば、千尋の要請で陸上基地から応援に駆けつけた対潜哨戒箒に、上空をガッチリ固める制空箒の群れ。

――「出歯亀デバガメ」を熱烈に歓迎する準備は万端、仕込みは完璧だった。

本物の羽白丸はとっくに安全な深海へと退避しており、今海中で大惨事の爆音を演じ続けているのは、小瀬田こせだが吊り下げる音響デコイ(疑似音発生装置)である。


千尋たちは、間抜けなデバガメが「スクープだ!」と喜んで浮上してくるであろう予測ポイントの真上で、網を張って待機している状態だった。


「ねえクリオ、暇だし魚釣りでもする?」


実はこの作戦、発案者は千尋ではない。千尋が地球から持ってきた、潜水艦が独立国になるあの潜水艦漫画を読んだ教え子の小瀬田こせだが、「これ、使えるのでは?」と発案したものだった。

教え子が自分の持ち込んだ知識を吸収し、恐るべき速度で成長している姿は本来なら歓迎すべきことだ。しかし、当の千尋はつまらなそうだった。いや、正直に言えばショックだったのだ。自分の教え子が、自分そっくりのエグい罠を仕掛ける悪魔に育ちつつあるという事実に。

ちなみに帝国海軍では、この事態を重く見た上層部によって『千尋の悪影響が教え子に感染した事象』に関する特別会議が極秘裏に開かれたらしい。


千尋が教官らしからぬ不謹慎な発言を続ける。

この世界の人間から見れば、名門貴族であり、圧倒的な天才エースパイロット。プライベートでは一児の母。その実態は、基本が非常に大人げない、圧倒的に「残念な大人」だった。


「いま釣りの真っ最中じゃないですか。……間抜けな『デバガメ』っていう超大物の」

「まあ、そうなんだけどね。待ち時間が暇で暇で。ちょっと海面に電撃魔法でも落としたら魚が浮いてこないかしら」

「いや、真面目にお仕事してくださいよ教官!」


クリオの胃痛混じりのツッコミが飛んだ、その時だった。

二人の、そして周囲の箒乗りの魔導無線機が、予期せぬ緊急広域通信をキャッチした。


『――ザー、こちらは北方人民連邦籍、貨物船『ボストーク・プログレス』! 船内で重傷者が発生した! 救助を要請する、繰り返す、救助要請を――!』


ノイズ混じりの悲痛な声。それは本国――北連の言語で発信された、紛れもない民間貨物船からのSOSだった。


東シナ海のど真ん中。国境線が複雑に入り組むこの海域で、箒乗りとしてSOSを受信したからには、軍籍だろうが大学所属だろうが無視することは国際法上許されない。


「クリオ、対応するわよ。作戦変更」

「えっ? 釣り(デバガメのおびき寄せ)はいいのですか!?」

「あんな間抜け、ほかの連中が包囲して対応すれば十分よ、ほっときなさい。……それより、周りにいる他の箒は陸上から来たデカブツ(陸上機)よ。この荒れた海の上、あの不格好な貨物船にピンポイントで着艦できるのは、私レベルの技量を持った人間だけだわ。行くよ、クリオ!」


「――承知しました、教官!」


『小瀬田、釣り引き続きよろしく!!』


千尋の背中で、クリオの顔から「学生」の甘えが消え、一人の締まった軍人の顔になる。パッと叩かれるように美しい敬礼を送った。


鋼鉄の箒が爆音を上げ、雲を切り裂いてダイブする。



うねる波濤の中、必死に舵を取る貨物船『ボストーク・プログレス』のブリッジへ、千尋の冷徹極まる無線が突き刺さった。


『こちらはサツマ帝国立魔法大学校教官、吉野千尋。これより貴船へ臨検、および救助のため着艦する。着艦の許可を』


『わ、分かった! どこでもいい、誰でもいいから着艦してくれ! 助けてくれ! 機関長が作業中に転倒して頭を強打した、意識がないんだ! 頼む、助けてくれ!!』


悲痛な叫びを聞き届けると同時、千尋は一切の躊躇なく箒の出力を絞り、強風に煽られる貨物船の、狭苦しい貨物ハッチの僅かな隙間へと滑り込ませた。

船体が大きく揺れる中、寸分の狂いもない、芸術的なまでの着艦タッチダウンだった。


着地と同時に、千尋は鋭く指示を飛ばす。


「クリオ、すぐに箒の人体輸送用防護パックを展開しなさい。負傷者を固定するわよ」

「了解です! ……しかし、教官。ここから北連の最寄りの領土、あるいは救急病院のある港まで最短でも800キロはあります。この荒天の中、重傷者に風圧を浴びせて箒で1時間以上も飛び続けるのは、患者の肉体が持ちません……!」


クリオの至極真っ当な懸念。高度な医療カプセルでもない限り、気圧と風圧の暴力に瀕死の重傷者を晒すのは自殺行為だ。


しかし、千尋は不敵に、どこまでも冷ややかに笑った。


「クリオ、大丈夫よ。計算通りだわ」

「え?」

「もうすぐ、すぐそこの海面にね。『最新鋭の集中治療室(ICU)が付いたデバガメ』が、頼みもしないのに全力で浮上してくるから」


千尋はそう言うと、手元の魔導無線機をサツマ帝国の暗号回線へと繋いだ。


「――サツマ各機、および羽白丸へ。吉野よ。ターゲット(デバガメ)を足止めして負傷者の収容を要請する。周辺の全機、あのクソデカ潜水艦の退路を塞ぎなさい。……お姉さん直伝の、極上の『花道』を用意してあげるわよ」

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