【維新RTA編】英国海軍『完コピ』作戦2
文久三年十一月。
勝海舟の門下にあり、神戸海軍操練所の設立に向けて資金難の中を奔走していた坂本龍馬は、京の薩摩屋敷にて大久保一蔵と向かい合っていた。
龍馬が大久保に接触した理由は一つ。
薩摩が英国艦を奪い、その軍艦をすでに乗りこなしている――。
そんな噂を聞きつけたからである。
「大久保さん。生麦の賠償金は海に沈んだはずじゃが、薩摩の懐はえらい温かいようじゃのう?」
龍馬は笑っていた。
だが、その目は笑っていない。
平野らが、英国艦隊の総大将が乗る旗艦ユーライアラスは沈んだ、と吹聴していることに龍馬は疑問を抱いていた。
本当に沈めたのか。
沈めたことにしたのか。
それとも、沈んだのは英国の面子だけなのか。
大久保はしばらく黙っていた。
やがて、静かに返す。
「見に来るか。薩摩の海を」
「幕府の遅い歩みを待っとれん。薩摩がどうやってあの巨艦を動かしちょるのか、この目で見にゃあいかん」
史実では慶応二年(1866年)の霧島旅行が初めての薩摩であるが、
少しは早まり、公式記録には残らない形で大久保の「お抱えの技術顧問」という名目で
五代が指揮する『白鳳丸』にて月照と共に薩摩へ入る。
*
『白鳳丸』が錦江湾へ入り、桜島が目の前に迫った時。
坂本龍馬は、言葉を失った。
磯浜では、鹵獲した英国艦の修理と並行して、
その設計を写し取った新造艦の建造まで始まっていた。
船体には足場が組まれ、船大工と大工姿の薩摩藩士たちが、板を張り、梁を直し、金具を叩いている。
少し離れた場所では、刀鍛冶や鉄砲鍛冶たちが、蒸気機関の部品を前にして首をひねっていた。
さらに沖では、別の英国艦が錦江湾をゆっくりと進んでいた。
甲板に立つのは英国人ではない。
薩摩藩士である。
彼らは信号旗を振り、薩摩訛りの混じった妙な号令で帆と機関を動かしていた。
英国艦を動かしている。
いや、違う。
英国海軍を丸ごと完コピしている。
龍馬はようやく理解した。
薩摩は軍艦を奪ったのではない。
軍艦の使い方を奪っているのだ。
「……たまげたのう」
龍馬は、ようやく声を絞り出した。
「英国の船を砂浜に引きずり上げ、鍛冶屋が金槌で叩き直し、藩士が英国式の号令で動かしちゅう。大久保さん、あんたらは狂っちゅう」
大久保は何も言わない。
龍馬は桜島を見上げ、そして笑った。
「だが、これなら日本は夜明けを迎えるかもしれん」
「坂本さん」
大久保は静かに言った。
「夜明けには、金と鉄が要る。そして、あんたのような“動ける男”が要る」
*
夜。
吉野島津家の若の部屋で、大久保と龍馬は英国艦から写し取った海図を眺めていた。
机の上には、海図、航海日誌、信号書、砲術記録、そして各地の港の名が書き込まれた紙が広げられている。
「坂本さん。あんたは船を動かせる。人も動かせる。金の匂いも分かる」
大久保は海図の上に指を置いた。
「じゃっどん、一番使えるのはそこではなか」
「ほう。なら、わしの何が使えるがじゃ」
「薩摩の者ではなかことじゃ」
龍馬は黙った。
大久保は続ける。
「……わしを使う気か」
「使う。日本の夜明けに必要なら、何でも使う」
龍馬はしばらく大久保を見つめ、それから笑った。
「やはり、あんたは狂っちゅう」
「褒め言葉として受け取る」
この夜、大久保と坂本龍馬は共犯関係になった。
龍馬が夢として語っていたものを、大久保はすべて計画の部品として聞いていた。
この日、坂本龍馬は薩摩の海を見た。
そして同時に、大久保の維新計画の中へ、ひとつの重要なパーツとして組み込まれたのである。




