【維新RTA編】英国捕虜返還交渉1
大久保らが京で工作活動を進めていたころ。
文久三年七月二十二日。
薩摩、南林寺の巨大墓地。
見渡す限り、墓、墓、墓。
現代では、移転が進み、縮小されたが、
移転前は10万基を超える墓がある、死者の海である。
史実では月照の墓がある場所。
この世界では、月照の偽墓がある場所である。
まだ傷が癒えておらず、頭に包帯を巻いた英国艦隊のキューパー提督とニール代理公使、通訳のアーネスト・サトウ。
彼らは小松帯刀、五代友厚、薩摩側の通訳、そして護衛に囲まれながら、墓地の通路を歩いていた。
「カン! カン! カン!」
夏の暑さの中、八名ほどの石工が汗を手ぬぐいで拭いながら、黙々と金槌とノミを振るっている。
墓石に、名を刻んでいるのだ。
その時、墓の陰から喪服姿の女がふらりと進み出た。
目は泣き腫らしたように赤い。
手には、布に包まれた何かを握っている。
次の瞬間、女は布を振り払った。
包丁である。
「返せ、うちの人を返せえええ!」
狂乱の叫びと共に、女が英国人一行へ向けて刃物を突き出した。
「危ない!」
瞬時に前に出た護衛の薩摩藩士が、身を挺して女を制圧する。揉み合いの中で、藩士の右手から鮮血がだらだらと滴り落ち、地面の砂を赤く染めた。
周りの護衛たちが一斉に飛びかかり、女から包丁を取り上げて泥の中に羽交い締めにする。別の護衛が、すぐさま怪我をした藩士の腕を固く縛り、止血を始めた。幸いにも、命に関わるような大怪我ではない。
あまりの出来事に、ニール公使代理とキューパー提督、
アーネスト・サトウは顔面蒼白になり、震えていた。
緊迫しきった空気の中、小松帯刀は表情一つ変えず、横浜から通訳としてやってきたアーネスト・サトウの目をじっと見据えた。
「サトウ殿」
小松は、酷く哀れむような、しかし同時に突き放すような冷たい声で静かに語りかけた。
「薩摩で不用意に出歩くと、このように命が危ないかもしれません。……あの女は、残念ながら我が藩の法に則り、処刑(打ち首)となります」
サトウが息を呑む。小松はため息をひとつつき、言葉を重ねた。
「あの者の夫は、先日の貴殿方の砲撃によって命を落としました。まだ若く、新婚だったそうです。……可哀そうに、夫を奪われただけでなく、己もここで命を落とすことになるとは」
サトウが震える声でそれをニールと提督に伝えると、英国人たちの顔から完全に血の気が引いた。
自分たちのせいで、民間人が死に、その妻までが死刑になる
その事実に、薩摩側が主導権を強めつつあった。
小松帯刀は、右手に民間人戦死者の過去帳を持っていた。
そして、それを提督の目の前へ突きつけるように掲げる。
「ご覧ください」
小松は大きな身振りを交え、通訳を介して語り始めた。
「ここに眠る者たちは、武士ではありません。町で暮らしていた商人、職人、女、子供、老人です」
間をおいて、上を向き静かにいう。
「死者合計三百八十名、あと負傷者二十四名」
小松は墓地を見渡した。
周囲には、新しい墓が100基ほど。
「命日は、すべて同じ。死因は、大砲の直撃、あるいは火に巻かれたことによる焼死」
通訳の声を聞きながら、提督の表情がわずかに強張る。
小松は続けた。
「薩摩中から石工を集めました。しかし、わが藩の力不足により、全員分の墓を作るまで二か月はかかる見込みです。大変、無念であります」
そこで小松は、少しだけ声を落とした。
「この平和な薩摩で、一度にこれほど多くの死者が出たことなど、あ、り、ま、せ、ん、ので」
小松は提督を静かに見据えた。
そして過去帳を提督へ渡すと、墓の前へ進み出る。
「大変、申し訳なかった」
小松はそう言って、墓の一基ずつに手を合わせていった。
提督はしばらく黙っていた。
やがて、通訳のサトウへ過去帳を渡した
そして小松帯刀の真似をするように、墓の一基ずつへ手を合わせていった。
*
ちなみに、墓は4基以外全部偽物である。
過去帳も捏造である。
史実における薩摩側の被害は、民間人死者九名、藩士戦死五名、負傷者九名。
だが、この世界の薩摩は、そこまで大きな被害を受けていない。
民間人死者二名藩士戦死二名
では、なぜ偽の墓を作ったのか。
もちろん、薩摩流交渉のためである。
*
ここは後年、イギリス墓地と呼ばれる、多賀山の一角に建つ
薩英戦争英国艦隊戦没者墓地と英国人捕虜収容所。
墓地には遺体が確認されたと183名行方不明になった66名の合計204基の墓がある。
英国艦隊捕虜に墓を作らせ、丁寧に弔った。
小松ら一行は英国人墓地に手を合わせてから、
英国人捕虜収容所にある、屋敷の一室で交渉が始まる。
畳に絨毯を引き、中央には高めのテーブルと、椅子が8つ。
白いティーカップで、日本茶をだす。
薩摩側からの配慮のようだ。
「そちらの計算では、死者一名、負傷者三名、合わせて四名で二万五千ポンド。
つまり、一人あたり六千二百五十ポンドである」
小松は過去帳を叩いた。
「では、我が薩摩の死傷者は四百四名。そちらの四名を差し引いて、四百名分。
六千二百五十ポンド掛ける四百。二百五十万ポンドである
イギリス政府は250万ポンド今すぐ払ってみろ」
小松が大声で叫ぶ、元々交渉で大声を出すような男では無いが、
海外との交渉のすべを身に着けたようだ。サトウが訳してニール代理公使に伝える。
「ええ、そんなに払えるわけがない」
ニール代理公使が、通訳のサトウを通じて、薩摩側へ伝える。
「薩摩の民と、イギリス人の価値が違うと申すのか!!」
ニール代理公使が顔をハンカチで抑えながら言う
「そういうわけでは、無いが、議会の承認が降りないだろう。」
五代が口を開く
「払えないなら仕方ありません。そこにある軍艦を没収し、足りない分は香港の権利、それとイギリス兵の身柄(労働力)で相殺にしてやりましょう。なに、そちらの計算式(1人6,250ポンド)に合わせただけですから、国際法上も文句はありますまい?
なお、イギリス兵の身柄には代理公使と提督も入っています、お忘れなく」
イギリスからすれば無茶苦茶な要求だし、本国に伝えられる内容ではない。
「ほ、本国に確認する……本国から返事が返り次第、再び会談を……」
震えた声で提案した。
彼らが何より恐れたのは、本国の「議会」と「世論」だった。
鹿児島城下を焼き払ったことで、捏造された「民間人400人死傷、
その妻が絶望して刃物沙汰を起こし処刑された」を突きつけられた
当時、イギリス本国(議会)では「東洋での横暴な軍事行動」に
対して人道的な批判が強まっており、これがロンドンに伝われば二人は軍法会議行き、
最悪は死刑か免職である。
交渉が終わった跡、
五代は
ニール代理公使と提督だけを別の部屋に呼んだ。
アーネスト・サトウはここにはいない。
「あなた二人本国に帰ったら民間人400人を死傷させた功績で、勲章物ですな。どんな褒美がもらえるか楽しみですな。はははっ」
笑いながら話す五代、急に真顔になる
二人に顔を近づいて真顔で語りだす。
「提督、公使。本国への報告書にはこう書けばよろしい。
『我が艦隊は激戦の末、薩摩の砲台を全滅させた。しかし、不幸にも激しい嵐により、ユーライアラスと、パールとパーシュースとハボックが錦江湾にて坐礁・沈没した。また、幕府から受け取った生麦賠償金10万ポンドも、その沈没艦と共に海の底へ沈んだ』……とね
まだまだ、賠償金に足りないが、上海、香港、シンガポール、ムンバイに薩摩の船に寄港した時に石炭や食料を融通していただき…
あと海兵の皆様に、船の修理方法と船の動かし方と海戦のイロハを、我が薩摩藩士にみっちりと教えてもらいましょうか。」
提督、公使が、何を言っているんだこの男はと固まっていると
「一週間後、沈んだユーライアラスを背景に、アメリカとフランスの外交官と新聞記者招いて、『薩英戦争被害・民間人虐殺現場見学ツアー』を行いまーすぅ。」
「今晩はベッドでゆっくりと考えてね。」
提督、公使はそれぞれ個別の自室へ丁寧に送迎され、
眠れない夜を過ごすのであった。
このお話を書くために、南林寺と月照のお墓にお参りして来ました。




