【現代編】魚雷でラプターを落とす女。1
それは、まだ千尋が異世界へ行く前のお話。
海上自衛隊・鹿屋航空基地では、ちょっとしたパーティーが開かれていた。
アメリカ空軍謹製のマルチ戦場シミュレーターの設置、および対潜哨戒機『P-1』の実装記念パーティーである。
このシミュレーターはただのフライトシミュレーターではない。西側の機体はもちろん、東側の機体の一部も再現可能。遠方にある水上戦闘艦や潜水艦ともオンラインで接続(もしくはAI相手に)して、本格的な戦争ごっこができる代物だ。計器類はタッチパネルで表示される簡易式だが、千尋もP-1実装のアドバイザーとして開発に参加していた。
本日の締めくくりは、アメリカ本土のP-8(ポセイドン)チームと編隊飛行をしてお開きになる予定だった。
もちろん、P-1のパイロットは千尋である。
談笑の輪の中で、千尋は堂々と大口を叩いていた。
「P-8? ラプター? 大したことねーよ。P-1で撃墜してやんよww」
「P-1でラプターを落とす?」
元F-22パイロットの米軍少佐は、心底楽しそうに笑った。
「本気で言っているのか、ミス・ヨシノ」
「シミュレーターならね」
千尋はグラスをコトリと置いた。中身は烏龍茶だった。
「……シラフでそれを言うのか」
「酔って言ったら失礼でしょう?」
千尋はニヤリと笑う。階級は不明だが空軍の中佐と思われる相手に対し、何故か彼女は絶対の自信に満ち溢れていた。
「やってやんよw」
*
いつもの乗員10名を乗せたP-1のシミュレーター内は、全員がノリノリの笑顔だった。
条件は太平洋上空、日向灘沖。一対一。雲は多め、時期は春。
お互いに100キロ離れた空域からのスタート。ルールはシンプル、「P-1が20分間生き残れば勝ち」だ。
開始4分で会敵。圧倒的な機動力を持つラプターが、あっという間にP-1の背後を取る。
千尋は機体を左右に振り、フレアを放出してラプターを煽りまくった。
ラプターはすぐ後ろに張り付き、機銃のトリガーを引けばいつでも撃墜判定を取れる位置で「嬲る」ように追従してくる。
後部を注視させている2名の戦術航空士(TACCO)が叫んだ。
「機長、うまく食いつきました! ピッタリ付いてきます!」
「イヒヒ、よっしゃ釣れたw 制限時間ギリギリまで遊んでから機銃を撃つつもりよ、あいつ」
現実の空では絶対に見せないような、悪戯っ子全開の顔ではしゃぎながら操縦桿を握る千尋。
「あれやるよ! 短魚雷2発準備ね!」
千尋はエンジン出力を全開にし、操縦桿を引いて機体を急上昇させる。
「ウェポンベイ開放まで8、7、6、5、4、3、2、1……開放! 発射、すぐ閉じて!」
雲に突入した瞬間、ウェポンベイが開き、短魚雷が空へ放たれた。
短魚雷は放物線を描きながら上昇していく。千尋は、その短魚雷の放物線軌道と、自機の軌道を完全に重ね合わせた。
実は、このシミュレーターには「自身が発射した弾薬に対する当たり判定(自爆判定)」が存在しない。
さらに、機体のグラフィックと魚雷が重なっている間は、魚雷に「空気抵抗」の計算が働かないという仕様があった。
(千尋は以前、当たり判定と空気抵抗の改善提案を開発に出していたのだが、「予算の都合」で却下されていた。つまり、千尋が行っているのはあくまで『仕様通りのプレイ』であり、チートやハッキングの類では断じてないのだ)
もっとも、放物線を描いて飛ぶ短魚雷の軌道と、自機の飛行マニューバを完全に一致させるなど、常人には不可能な異常すぎる操縦技術なのだが。
後続のラプターから見れば、P-1が急上昇した直後に下降し始めたようにしか見えない。「図体がデカいから失速したか。ただの無駄な抵抗だ」というわけだ。
その下降の途中で、千尋は再びフレアを大量に放出する。
直後、設定した高度に達した短魚雷のパラシュートが開傘した。
千尋の機体の当たり判定からパラシュートがはみ出た瞬間、猛烈な空気抵抗の計算が復活し、魚雷に急減速がかかる。
現実の短魚雷なら、こんな速度で開傘すればパラシュートが破け飛ぶだろう。だが、シミュレーターに「パラシュートが破損する」という物理演算は組み込まれていなかった。
フレアの眩い光に気を取られ、真後ろにベタ付きしていたラプター。
突如、P-1の背中から「急減速した魚雷」が実体化して顔を出した。もはや回避は不可能だった。
『――F-22A RAPTOR:KILL』
『原因:短魚雷との接触』
パーティー会場がどよめきに包まれる。
やがて、元ラプター乗りの少佐が、ゆっくりと震える手でヘッドセットを外した。
「……今、私は何に撃墜されたんだ?」
管制卓に座っていた若い隊員が、引きつった声で答える。
「torpedo(魚雷)、です……」
「あーー、楽しかったーー!!」
シミュレーターの中で、千尋はクルーたちと満面の笑みでハイタッチを交わしていた。
*
シミュレーターから降りてきた千尋は、おもむろにポケットから一枚のシールを取り出した。
黒いラプターのシルエットに斜線が引かれた「キルマーク」のシールだ。
彼女はシミュレーター開発の責任者(防衛省の制服組らしき人物)に尋ねた。
「これ、シミュレーターの機体に貼っていいですか?」
無言で首を横に振られ、即座に拒否される。
少佐が呆れたように言う。
「まさか、最初からそれを用意していたのか」
「はい」
「ラプター乗りが来ると聞いていたからか?」
「はい」
「お前、最初から釣る気だったな……」
「特に意図はありませんよ。ちょっと遊びたかっただけです」
涼しい顔で言い放つ千尋を見て、元ラプター乗りの少佐は天を仰いだ。
「……シミュレーターに、彼女の専用モデルを用意させよう」
こうして後日、シミュレーター内には悪魔のような『千尋専用モデルP-1』が実装されることになった。
その専用モデルの存在は、横須賀や呉の潜水艦乗りたちからすれば、訓練画面に現れる『死兆星』と全く同じ意味を持つようになるのだった。
ミニタリー考証?
これ西郷が異世界でチェストで魔法をぶっ放すハイファンタジーですよ?




