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【維新編】吉野家の若と空飛ぶタケノコ。

月照を吉野島津家に預けてから数カ月。

大久保は、吉野の屋敷を訪問した。


吉野の屋敷は、眼下に仙巌園を見下ろし、錦江湾の全貌を見渡せる小高い場所にあった。

広大な敷地には畑があり、農学者たちが西洋の栽培方法を研究している。また、島津重豪や斉彬が遺した大量の洋書・蘭書を模写したものが所蔵された書庫があり、そこでは沢山の書生たちが昼夜を問わず筆を走らせている。

さらに敷地の奥には鉄砲鍛冶や刀鍛冶の作業場があり、日々、火器の改良研究が行われていた。

屋敷の周囲には半農の下級藩士を住まわせ、さながら軍事要塞のような厳重な警備体制を敷いている。


――ここは屋敷というよりも、山城の様な「最先端の大学兼・兵器研究施設」である。


大久保は、匿っている月照をただ遊ばせておくわけにもいかないと考え、若君の「家庭教師」を依頼していた。

大久保の頭の中にある新国家のロードマップにおいて、吉野島津家は極めて重要なパーツだ。

しかし、政治(朝廷・公家・尊攘派の動き)に一切興味がない若君は、月照の授業から逃げ出して部屋に引きこもり、何やら「玩具」を作ってばかりいるらしい。これには大久保も困り果てていた。


入水事件の影響でまだ療養中である月照の体に障らぬよう、あらかじめ手紙で約束を取り付けていた大久保は、指定された日に屋敷へ上がった。


挨拶を済ませると、月照は困ったような顔で切り出した。

「若君は『京の話はつまらん』と仰って、部屋に引きこもり、竹を削り、鳥のような玩具を作りだして……すっかり手を焼いておりまする」

そう言うと、月照は静かにお茶をすする。


「はぁ……。元服を迎えた男が、部屋で玩具に夢中などと。斉彬公と、あの世の吉之助さあに何と言い訳すればよいか分かりませぬ」

大久保も渋い顔をしながら、お茶をすすった。


数分、沈黙が続いた。

大久保が湯呑みをカツンと置き、いきなり立ち上がる。

月照は止めもせず、ただ微かな微笑みを浮かべ、再びお茶をすすった。


大久保が、若君の引きこもっている二階の部屋へ向かって大股で歩き出す。

吉野家の従者が「大久保様、おやめください!」と慌てて止めるが、大久保の足は止まらない。

階段を上り切り、思い切り襖を開け放った。

「パーン!」


しかし、部屋にいたのは若君だけではなかった。数人の職人が車座になっていたのだ。


「おお、大久保! 良い所に来た、コレを見てくれ」

若君は悪びれる様子もなく、手に持っていたものを誇らしげに掲げた。


コレとは、木を削って作られた『たけのこ』のような姿をした、奇妙な木製の物体である。

「これは原型だ。これで砂型を作り、その砂型に仙巌園の溶鉱炉で溶かした鉄を流し込んで、鉄で同じものを作るんだ」

目を輝かせながら説明する若君に、大久保は深くため息をついた。


「それで、その玩具で何をしようとするのですか。それが飛ぶ鳥の玩具ですか。鉄のタケノコが飛ぶわけなどないでしょうに」

大久保が呆れ果てて言うと、若君はニヤリと笑った。

「大久保、庭に移動するぞ。……あ、月照先生が階段を登ろうとしている。大久保、止めてやってくれ」


若君は職人に、まりと、竹に羽が生えたような『筍の玩具』を持たせ、庭へと下りた。


「大久保、この毬を遠くに投げてみてくれ」

そう言いながら、若君は鞠を大久保に渡す。

「はぁ……」

大久保は首を傾げながら片手で鞠を掴むと、下手投げで思い切り放り投げた。


飛距離は、おおよそ13メートルほど。

ターン……タン……タン。

バウンドした毬を職人が拾い、そこに立つ。


「大久保、よく見ておれ」

若君は、親指と人差し指で『細長い玩具』を摘むと、上手投げで思い切り前方に投げ放った。

シュガァッ! と空気を裂く音。

玩具は空中でピタリと安定して放物線を描き、大久保が投げた鞠を遥かに超え、地面に深く突き刺さった。

飛距離は、おおよそ30メートル。


「……ほう、よく飛びましたな。で、その玩具を城下で売るおつもりで?」


「バカタレ。大砲で飛ばすんだよ!」


若君のその一言で、大久保の思考が数秒停止した。


「大砲で… 飛ばす…」


直後、大久保の脳内に、あの『鉄のタケノコ』が凄まじい速度で空を裂き、異国の黒船の分厚い装甲を紙のように貫くビジョンが映し出される。


「……できるのですか」


「今は無理だ」


若君はあっさりと言った。


「鉄が曲がる。硬くすれば割れる。火薬を増やせば砲が死ぬ。外の筒も、綺麗に剥がれぬ。だがな、大久保」


若君は、土に突き刺さった筍を指差した。


「丸い鞠を投げるより、槍を投げた方が刺さる。当たり前のことだろう」


大久保自身は、黒船来航時に薩摩にいたため直接その姿を見ていない。しかし、直接見た西郷や他の薩摩藩士から聞き、斉彬公からの報告書にある黒船のスケッチを見た時と、まったく同じ種類の――いや、それ以上の『暴力的な衝撃』を受けていた。


後の世であれば、それは装弾筒付翼安定徹甲弾と呼ばれる発想に近かった。

だが、この時代の薩摩には、それを安定して作る冶金も、撃ち出す砲も、まだ存在しない。

あるのはただ、世界の海戦を半世紀以上早く壊しかねない、チート兵器の卵。


のちに吉野島津家は、密かにこの「タケノコ砲弾」の生産にこぎつけ、屋敷に隣接する『磯山砲台』と呼ばれる極秘砲台に実戦配備を行うことになる。


振り返ると、大久保の後ろでは、月照が声を殺して笑っていた。

月照と目が合った瞬間、大久保は自分がこの坊主と若君の『芝居』に完全に嵌められていたことに気づき、たまらず苦笑を漏らしたのだった。

西郷不在IFを成立させるためのチートです、お許しください。

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