33-12
騎馬戦での紅組の圧勝の後も、体育祭のプログラムは順調に消化されていった。
二人三脚、綱引きといった団体競技が続き、グラウンドは常に熱気と歓声に満たされている。
その中で、ひときわ熱い視線を一人の男子生徒に送り続けている少女……リリア。
「いっけー!レオンハルト様ー!」
「頑張れー!ファイトー!!」
紅組の生徒が出場する競技はもちろんのこと、レオンハルトが他の生徒を応援するために立ち上がっただけで、リリアは自分のことのように声を張り上げる。
その銀色のポニーテールは彼の動きを追うたびに楽しげに揺れ、赤い瞳は憧れと純粋な好意でキラキラと輝いていた。その姿は、まるで太陽に向かって咲く向日葵のようだ。
借り物競争で一緒に走れた喜びが、彼女の心を一層軽く、そして大胆にさせていた。
振られてしまった悲しみは、もうそこにはない。ただ、彼を応援できることが、純粋に嬉しかった。
「リリア、ほんまにレオンハルトのこと、好きなんやね」
隣で応援していたまふゆが、そんな彼女の様子に微笑ましくなって声をかける。
「うん!あーし、レオンハルト様の全部が好きなんだ!強いところも、優しいところも、ちょっと強引なところも!見てるだけで、元気になれるんだー!」
何のてらいもなく言い切るリリアの素直さに、まふゆは胸が温かくなるのを感じた。
しかし、その純粋すぎる想いを、快く思わない者たちもいた。
レオンハルトは隣国の第一王子。
その華やかな経歴と、誰をも惹きつけるカリスマ性から、学園内には彼のファンを公言する女子生徒が数多く存在する。
彼女たちにとって、種族の壁も身分の差も関係なく、レオンハルトに真っ直ぐな想いをぶつけるダークエルフの少女は、目障りな存在でしかなかった。
「……ちょっと、いいかしら」
綱引きの競技が終わり、次の準備で少し騒がしくなった合間を狙って、数人の女子生徒がリリアの前に立ちはだかった。
いずれも、レオンハルトと同じ人間族の上級生らしき生徒たちだ。リーダー格の少女は、腕を組んで威圧的にリリアを見下ろしている。
「あ、はい。なんでしょうか……?」
突然声をかけられ、リリアはきょとんとして彼女たちを見上げた。
「少し、話があるの。校舎裏まで来てくれる?」
その言葉には、有無を言わせない響きがあった。ただ事ではない雰囲気を感じ取り、まふゆが心配そうに口を開こうとする。
「リリア、うちも……」
「ううん、大丈夫だよ、まふゆん。ちょっと話してくるだけだから!」
リリアはまふゆの不安を打ち消すように、にっこりと笑ってみせた。彼女自身、なぜ呼び出されたのか見当もついていなかったが、ここで騒ぎにしたくないという思いがあった。
「すぐ戻るから」とまふゆに言い残し、リリアは女子生徒たちの後について、テントから離れていった。
人気のない校舎裏。
壁を背にして立つリリアを、三人の女子生徒が取り囲む。さっきまでの競技の喧騒が嘘のように、そこだけが静まり返っていた。
「単刀直入に言うわ。あなた、レオンハルト様に色目使うの、やめてくれない?」
リーダー格の少女が、冷たい声で切り出した。
「え……?色目って……あーしは、ただ応援してただけで……」
予想外の言葉に、リリアは戸惑いを隠せない。
「応援?どの口が言うのかしら。ダークエルフの分際で、馴れ馴れしくして。見ていて気分が悪いわ」
「そうよそうよ。あんたみたいなのが近くにいるだけで、レオンハルト様の品位が下がるわ」
取り巻きの二人も、侮蔑の言葉を投げかける。彼女たちの瞳には、ダークエルフという種族に対するあからさまな軽蔑の色が浮かんでいた。
「そ、そんな……。種族なんて、関係ないじゃないですか……!」
リリアは必死に反論する。しかし、その言葉は彼女たちの凝り固まった偏見の前では、何の力も持たなかった。
「関係なくないわよ。あんたたちダークエルフがどういう種族か、知らないとでも思ってるの?捻くれてて、好戦的で……。そんな女が、清廉潔白なレオンハルト様の隣にいること自体が、許せないの」
「それに、借り物競争でも馴れ馴れしく肩を組んでもらってたじゃない。みんなが見てる前で、恥ずかしいと思わないわけ?」
一方的に浴びせられる誹謗中傷に、リリアの顔から血の気が引いていく。
(違う……あーしは、そんなつもりじゃ……)
ただ純粋に、彼を応援したいだけ。彼に少しでも近づきたいと願う、その気持ちに嘘はない。
でも、彼女たちの言うように、ダークエルフである自分が、王子である彼の隣にいることは、迷惑なのだろうか。
彼の品位を、本当に落としてしまっているのだろうか。
「……っ」
反論の言葉が見つからない。
彼女たちの突き刺すような視線と、種族への侮蔑が、リリアの心に重くのしかかる。
明るく振る舞っていた心に、じわりと冷たい影が広がっていくのを感じた。ダークエルフだからという理由だけで、こんな風に言われなければならないのか。
せっかく生まれた「エルフを犠牲にしない魔導機を作る」という夢さえ、嘲笑われているような気がした。
「分かったなら、もう二度とレオンハルト様に近づかないことね。身の程をわきまえなさい」
リーダー格の少女が冷たく言い放ち、吐き捨てるようにその場を去っていく。
残されたリリアは、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
さっきまでの高揚感が嘘のように消え失せ、胸の奥がずきりと痛む。
応援したいという気持ちが、誰かを傷つけ、不快にさせていたという事実。
そして、何より──大好きなレオンハルトに、迷惑をかけていたのかもしれないという可能性が、彼女を打ちのめした。




