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レオンハルトによる力強い選手宣誓で幕を開けた体育祭は、プログラムの第一種目、全女子生徒参加の50m走へと移行した。
トラックには四つの組の色鮮やかなハチマキを締めた女子生徒たちが、緊張と期待の入り混じった表情でレーンに並んでいく。
紅組、青組、黄組、緑組。それぞれのテントからは、仲間を鼓舞する大きな声援が飛んでいた。
「第一走者、各レーン、位置について!」
スターターの教師の声が響く。紅組のスタートラインに立ったのは、意外にもアリスだった。
小さな体で、ちょこんとクラウチングの姿勢をとる。しかし、その体は緊張でこわばっているわけでもなく、ただ不思議そうに前方のゴールテープを見つめているだけだ。
「アリリン、頑張ってー!」
「アリス、まっすぐ走るんよー!」
まふゆとリリアが精一杯の声を送る。
ミカゲは何も言わないが、その黒曜石の瞳は、スタートラインに立つ小さな背中をじっと見守っていた。彼にとって、アリスは妹のような、守るべき存在だ。
乾いたピストルの音が青空に響き渡る。
その瞬間、他の組の選手たちが一斉に地面を蹴って飛び出した。
しかし、アリスだけは、一瞬きょとんとしてその場に立ち尽くしてしまう。
「あっ……!」
まふゆが思わず声を上げた。スタートの合図が、まだ彼女には上手く結びつかなかったのだ。
「アリス!走るんだ!」
レオンハルトの大きな声が飛ぶ。
その声にハッとしたアリスは、数秒遅れて、ようやく小さな足で地面を蹴った。
他の選手たちはすでにトラックの半ばまで進んでいる。圧倒的な出遅れだった。
「あちゃー、こりゃダメか……」
「まあ、アリスだし仕方ないわね」
紅組のテントから、諦めのため息が漏れる。
しかし、まふゆとミカゲだけは、その小さな背中から目を離さなかった。
アリスは、ただひたすらに真っ直ぐ前を見て走っていた。教えられた通りに腕を振り、懸命に足を動かす。
その瞳には、焦りも諦めもない。ただ、「ゴールまで走る」という、教えられた一つのことだけを、純粋に実行していた。
とてとて、と効果音がつきそうな走り方。
それでも、一歩一歩、確実にゴールへと近づいていく。
その姿は、決して速くはなかったが、見る者の胸を打つ、ひたむきさに満ちていた。
やがて、他の選手たちがゴールした少し後、アリスもようやくゴールテープを切った。
結果はもちろん最下位。
けれど、走り終えたアリスが振り返り、まふゆたちのいるテントを見つけて、ふわりと満足げに微笑んだ時、紅組の生徒たちからは順位に関係なく、温かい拍手が送られた。
「……よく頑張ったな、アリス」
テントに戻ってきたアリスの頭を、レオンハルトが大きな手でわしゃわしゃと撫でる。
「アリス、お疲れ様。最後までよう走ったね、偉い偉い」
まふゆが駆け寄って抱きしめると、アリスはこくりと頷き、誇らしげに胸を張った。
「……アリス、はしった」
その短い言葉と、達成感に満ちた表情が、何よりの勲章だった。




