31-7
来ないで、と願う心とは裏腹に、運命の足音は刻一刻と近づいてくる。
遠くで響いていた戦闘の轟音が、徐々に、しかし確実にこちらへ迫っていた。
それはまるで、まふゆの心臓を締め上げるカウントダウンのようだった。
そして、その瞬間は、唐突にやってきた。
ドォォォンッ!!
凄まじい衝撃音と共に、牢獄の重厚な扉が内側へ向かってくの字に折れ曲がり、蝶番から弾け飛んだ。
舞い上がる粉塵の向こう、逆光の中に佇む一つの人影。
闇色の装束を纏い、その手には血の滴る黒い刃が握られている。息を切らし、肩で呼吸を繰り返しながらも、その黒曜石の瞳はまっすぐに、牢獄の中を見据えていた。
「……ミカゲ……」
まふゆの唇から、名前が音にならずにこぼれ落ちる。
来てしまった。
彼が、来てしまった。
一番会いたくて、でも、一番会いたくなかった人が。
ミカゲの視線が、牢獄の中にいる二人のアルビノエルフを捉える。
一人は、絶望に染まった瞳で床に座り込む、愛しい少女。
もう一人は、彼女と瓜二つの姿で、挑発的な笑みを浮かべて佇む、三百年前の幻影。
「クロ……」
ユキが、恍惚とした声でその名を呼んだ。
「来てくれたのね。やっぱりあなたは、私の大切な犬だわ」
彼女はしなやかな動きで立ち上がると、ミカゲに向かって優雅に一歩を踏み出す。
ああ、終わった。
まふゆは、目を閉じることさえできなかった。
ミカゲの瞳が、ユキの姿を捉えて、確かに揺れたのを、見てしまったから。
彼の腕は、これから彼女を抱きしめるのだろう。三百年の時を超えた再会を、果たすのだろう。
自分という存在は、その感動的な物語の、ただの脇役でしかなかったのだ。
心臓が、凍りつく。
呼吸が、止まる。
世界から、音が消える。
ミカゲが、動いた。
粉塵を蹴り、まっすぐに。
ユキの横を、まるで存在しないかのように通り過ぎて。
その腕は、強く、迷いなく。
床に座り込み、全てを諦めていたまふゆの身体を、乱暴なほどに、しかし壊れ物を扱うかのように優しく、抱きしめていた。
「……え……?」
温かい。
彼の腕の中は、いつもみたいに、温かくて、安心する匂いがした。
信じられないという想いで顔を上げると、ミカゲの苦しげな、それでいて必死な顔がすぐそこにあった。
「……間に、合った……」
彼の声は、ひどく掠れていた。
「まふゆ……すまない、遅くなった。怖かっただろう……」
ミカゲは、まふゆを見ている。
ユキではなく、他の誰でもない、水鏡まふゆだけを、その瞳に映している。
「な……んで……?」
まふゆの震える声が、静かな牢獄に響いた。
「うち、は……代用品、なのに……なんで、ユキさんのところへ行かへんの……?」
その問いに、ミカゲはまふゆを抱く腕にさらに力を込めた。
「違う」
彼の声は、今までにないほど力強く、確信に満ちていた。
「あんたは、代用品なんかじゃない。俺が愛しているのは、ユキじゃない。……まふゆ、あんただ」




