31-5
エドウィンが去り、再び重い静寂が訪れた牢獄。
彼の残した悪意に満ちた言葉が、冷たい毒のようにまふゆの心に染み込んでいく。
ミカゲは助けに来るだろう、とエドウィンは言った。だが、その時、自分はどんな顔で彼に会えばいいのか。
偽りの愛を囁いた男。
彼が自分を見ていなかったと知ってしまった今、もう以前のように笑いかけることなど、できるはずもなかった。
「……ミカゲ……」
彼の名前を呼ぶ唇が、小さく震える。
信じていた。心の底から。彼が自分だけを見てくれていると。
その全てが幻だったという事実が、胸を鋭く抉る。涙はもう枯れ果てたはずなのに、目の奥がまた熱くなった。
──その時だった。
今までまふゆの腕の中で小さくなっていたアリスの身体が、不意にびくりと痙攣した。
「アリス……?どないしたん?」
まふゆは慌てて彼女の顔を覗き込む。
すると、アリスの小さな身体が、淡い光に包まれ始めた。
「あっ……!」
まふゆが息を呑む間もなく、その光は急速に強まっていく。
抱きしめていたはずの14歳の少女の身体が、光の中で形を変え、しなやかな曲線を描く女性のシルエットへと変化していく。
肩までだった金色の髪は、雪のような純白に変わり、長く、美しく伸びていく。
あどけなかった顔立ちは、見惚れるほどに整った、妖艶ささえ感じさせる大人の女性のそれへと変わった。
それは、まるで鏡に映したかのような、もう一人の自分。
だが、その菫色の瞳に宿る光は、まふゆのそれとは全く異質だった。どこか挑発的で、全てを見透かすような、強い意志の光。
三百年前、ミカゲの初恋の相手だったアルビノエルフの姫──ユキ。
彼女が、アリスの身体を借りて、再びまふゆの前にその姿を現したのだ。
ユキは、牢獄の床に座り込んだままのまふゆを見下ろし、その唇に蠱惑的な笑みを浮かべた。
「賭けの時間が、やってきたわ」
その声は、馬車の中で聞いたものと同じ、凛としていながらどこか甘く響く声。
「ほら、聞こえるでしょう? あの子……ううん、私の『クロ』が、もうすぐそこまで来ているわ」
ユキの言葉通り、遠くから、微かに戦闘の轟音が響いてくる。
剣戟の音、怒号、そして爆発音。レオンハルトたちが、自分たちを助けるために戦ってくれているのだと、まふゆは直感した。
そして、その中に、きっとミカゲもいる。
「さあ、まふゆ。答えを出す時よ」
ユキはまふゆの前に屈み込み、その顔を覗き込む。
「あの子がこの扉を破って現れた時、彼はどちらに駆け寄るのかしら。三百年間引きずった過去の女の幻影か、それとも──偽りだと知ってもなお、彼を想う今のあなたか」
「うち、は……」
声が、出ない。
絶望に突き落とされた。裏切られた。
それでも、心のどこかで、ミカゲを想う気持ちが消えずに燻っている。
その矛盾した感情が、まふゆを雁字搦めにする。
「楽しみね」
ユキはくすくすと喉を鳴らして笑った。
「どちらに転んでも、きっと最高の舞台になるわ。さあ、一緒に観劇しましょう?私たちの愛した男が、最後に誰を選ぶのかを」




