31-2
しばらくの間、牢獄はまふゆの嗚咽と、それを慰めようとするアリスの拙い声だけが響いていた。
絶望の底で、ただ腕の中の小さな温もりだけを頼りに、まふゆは泣き続けた。
その静寂を破ったのは、重厚な扉が軋む音だった。
ゆっくりと開かれた扉の向こうに立っていたのは、穏やかな笑みを浮かべたエドウィン。
「やあ、二人とも。少しは落ち着いたかな?」
その声に、まふゆはびくりと身体を震わせ、アリスを抱きしめる腕に力を込めた。憎しみと恐怖が入り混じった瞳で、彼を睨みつける。
アリスはまふゆの後ろに隠れるようにして、黙ってエドウィンを見上げていた。
「……何の用ですか」
絞り出すような、掠れた声。涙で濡れた菫色の瞳が、鋭く彼を射抜く。
「そんなに睨まないでほしいな。君たちをここに招いたのは、私なりの親心さ。特に君にはね、まふゆ君」
エドウィンは芝居がかった仕草で肩をすくめると、悠然と部屋の中へ入ってきた。カツ、カツ、と彼の靴音だけがやけに大きく響く。
「親心……?うちを絶望の底に突き落としておいて、ようそないなこと言えたもんやね……」
まふゆの言葉には、隠しきれない怒りがこもっていた。
「おや、心外だな。私はただ、真実を教えてあげただけだよ」
エドウィンは楽しそうに目を細め、まふゆの目の前で足を止めた。そして、まるで慈しむかのように、彼女の白髪にそっと手を伸ばす。
「──ッ!触らんといて!」
まふゆは身を捩ってその手を振り払った。
「はは、つれないな」
エドウィンは少しも気分を害した様子もなく、楽しげに笑う。
「だが、それだけ気力があるなら安心したよ。君にはこれから、とても大事な役割を果たしてもらうのだからね」
彼はまふゆの頬を、まるで熟れた果実を吟味するかのように眺めた。その緑の瞳の奥に宿る、ねっとりとした執着の色に、まふゆはぞっと背筋が凍るのを感じる。
「私の最高傑作……このアリスと、君という奇跡のアルビノエルフ。二つの力が一つになった時、一体どんな素晴らしいことが起きるのか……。考えただけで、興奮で身が打ち震えるようだ」
恍惚とした表情で、エドウィンはアリスに視線を移す。
「……何を、するつもりなん……アリスに、うちに……!」
まふゆはアリスを庇うように、さらに強く抱きしめた。
「そう怯えないでくれ。君はただ、そこにいてくれればいい。あとは全て、私がやってあげるから」
エドウィンはにこりと笑うと、背を向け、扉へと向かった。
「ああ、そうだ。ミカゲ君のことだがね」
その名前に、まふゆの心臓がどきりと跳ねる。
「彼はきっと、君を助けに来るだろう。三百年前の過ちを繰り返すまいと、必死になってね。だが……その時、君は彼にどんな顔を向けるのかな?偽りの愛を囁いた男に、君はもう一度笑いかけることができるのかい?」
それは、まふゆの心を抉る、悪魔の問いかけだった。
エドウィンは、彼女が返事をする前に、楽しそうに喉を鳴らして笑いながら部屋を出ていく。
「せいぜい、悩むといい。君たちの再会を、私も楽しみにしているよ」
再び重い扉が閉ざされ、錠が下りる冷たい金属音が響き渡る。
部屋には、また静寂が戻った。だが、その静寂は先程よりもずっと重く、冷たく、まふゆの心を絶望のさらに奥深くへと引きずり込んでいくようだった。




