31-1
学園が反撃の狼煙を上げ、一つの意志の下に動き出していたその頃。
白檻会の本拠地とされる、冷たく湿った空気が漂う石造りの一室で、まふゆは膝を抱えて座り込んでいた。
ここは牢獄なのだろう。だが、鉄格子のような無粋なものはなく、ただ重厚な扉が一つあるだけの、窓のない部屋だった。
壁に埋め込まれた魔石が、ぼんやりと室内を照らしている。
隣では、アリスが床に直接座り込み、小さな石ころを指でつついて遊んでいた。
その姿は、学園にいた頃と何ら変わりない。まるで、ここがどこであるかなど、全く気にしていないかのように。
もう、彼女の中にユキの面影はなかった。
馬車の中で自分に賭けを持ちかけた、あの妖艶で、どこか悲しげな瞳の少女は幻だったかのように消え去り、アリスは元の、口数の少ない不思議な少女に戻っていた。ユキに乗っ取られていた間の記憶も、まったくないらしい。
「…………」
その無邪気さが、今のまふゆにはひどく胸に痛かった。
エドウィンの言葉が、何度も何度も頭の中で反響する。
『君は、ユキという少女の代用品に過ぎなかった』
ミカゲが自分に向けてくれた優しさも、愛の言葉も、あの夜の後夜祭で交わした口づけさえも。その全てが、三百年前の少女への贖罪だったのだと突きつけられた。
信じていたものが、足元から崩れ落ちていく感覚。
彼の瞳に映っていたのは、自分ではなかった。
ただ、面影が似ているというだけで、彼は自分を通して、叶えられなかった初恋の幻を追いかけていただけだった。
「……うそつき」
ぽつりと、自分でも驚くほどか細い声が唇から漏れた。
瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が零れ落ち、白い装束に染みを作る。
悲しい。悔しい。そして、何よりも──虚しい。
ミカゲを信じ、彼に全てを捧げようとした自分が、ひどく惨めに思えた。
「……まふゆ?」
不意に、アリスが顔を上げてこちらを見ていた。その薄青の瞳が、不思議そうにまふゆの顔を映す。
彼女はこてん、と首を傾げた。
「……どうして、泣いてるの……?」
「……アリス……」
まふゆはしゃくりあげながら、か細い声で彼女の名前を呼んだ。
「……お腹、すいたの……?」
アリスはそう言うと、自分の服のポケットをごそごそと探り始めた。けれど、もちろんお菓子など入っているはずもなく、きょとんとした顔で首を振る。
その純粋な気遣いが、逆にまふゆの心を締め付けた。
違うの。お腹がすいたんじゃない。
心が、痛いんだ。張り裂けそうなくらいに。
「……ごめんな、アリス……うちのせいで、こんなところに……」
「……?」
アリスには、まふゆの謝罪の意味が分からないようだった。ただ、まふゆが泣いているという事実だけを認識し、どうすればいいか分からずに戸惑っている。
やがて彼女は、おずおずとまふゆに近寄ると、小さな手で、そっとまふゆの涙を拭った。
「……痛いの、飛んでけ……」
たどたどしい仕草で、アリスはまふゆを慰めようとしてくれた。
その温かい指の感触に、まふゆは堪えきれず、アリスの小さな身体を抱きしめて声を上げて泣いた。
ミカゲへの想いも、裏切られた絶望も、どうしようもない虚無感も、全てが涙になって溢れ出す。
今はただ、この腕の中にある小さな温もりだけが、まふゆの世界を繋ぎとめる、唯一の光だった。




