30-4
まふゆとアリスの姿が扉の向こうに消え、後には重い沈黙と、打ちのめされた者たちだけが残された。
静寂を最初に破ったのは、レオンハルトの慟哭だった。
「くそっ……!くそおおおおっ!」
彼は固い石の床を何度も拳で殴りつけた。王族としての誇りも、リーダーとしての冷静さも、今は見る影もない。
ただ、守るべき仲間を目の前で奪われた男の、無力感と怒りだけがそこにあった。その目には、悔しさで滲んだ涙が光っている。
「……僕たちの、せいだ」
セリウスが、絞り出すような声で呟いた。彼の白銀の髪は乱れ、いつもは知的に輝く瞳が、今は深い後悔の色に沈んでいる。
「エドウィンが白檻会だと知っていながら……僕たちは、何もできなかった……!」
自分たちの油断が、警戒心の欠如が、この最悪の事態を招いた。その自責の念が、彼の心を苛んでいた。
シャノンは壁に背を預け、ずるずるとその場に座り込んでいた。ただ呆然と、まふゆたちが消えた扉を見つめている。
「……まふゆ……アリス……」
親友になりたいと願い、ようやく素直に話せるようになった少女。妹のように可愛がっていた、無垢な少女。
二人を失った喪失感が、彼女から全ての気力を奪い去っていた。
そこへ、慌ただしい足音が響いた。
「レオンハルト様っ!セリウス様っ!一体何があったんですか!?」
騒ぎを聞きつけて駆けつけてきたのは、リリアだった。彼女は目の前の惨状と、仲間たちの絶望した姿に息を呑む。
床に転がる白檻会の兵士、そして何より、そこにいるはずのまふゆとアリスの姿がないことに気づき、彼女の顔から血の気が引いていく。
「まふゆんは……?アリリンはどこ……?」
その問いに、誰も答えることができない。沈黙が、何よりも雄弁に最悪の答えを物語っていた。
「そんな……嘘でしょ……?」
リリアはよろめき、その場にへなへなと座り込んだ。エドウィンが白檻会の人間だと知っていたからこそ、彼に連れ去られた二人がどんな目に遭うのか、想像するだけで恐怖に気が遠くなる。
皆がそれぞれの後悔と絶望に囚われる中、ただ一人、ミカゲだけが微動だにしなかった。
彼は、まふゆが連れ去られる直前までいた場所に膝をついたまま、虚ろな瞳で虚空を見つめている。その手は固く握りしめられ、爪が掌に食い込み、血が滲んでいたが、痛みさえ感じていないようだった。
──また、守れなかった。
三百年前の悪夢が、鮮明に蘇る。
ユキを失ったあの日と、全く同じだ。
大切な者を、目の前で奪われた。己の無力さ故に。
三百年の時を経て、ようやく見つけた温かい光。凍てついた心を溶かしてくれた、かけがえのない存在。
その全てを、またしても自分の手からこぼれ落ちさせてしまった。
「……俺は」
ミカゲの唇から、か細く、震える声が漏れた。
「また……同じことを……」
その声は、深い絶望と自己への憎悪に満ちていた。
守ると誓ったはずの少女を、絶望の淵に突き落としたのは、他ならぬ自分自身。エドウィンが暴いた過去が、彼女の心を砕いたのだ。
もう二度と失わないと誓ったはずなのに。
この三百年間、血反吐を吐くような思いで手に入れた力は、何の意味もなさなかった。
ミカゲの瞳から、光が消える。
彼の世界が、再び色を失い、冷たい闇へと沈んでいく。
三百年前に始まった悪夢は、まだ終わっていなかったのだと、彼は絶望と共に悟るのだった。




