30-1
ガタガタと不快な振動が、身体の芯まで響いてくる。
鉄の格子がはめられた荷台の中、まふゆはアリスと背中合わせになるように座らされていた。手首には魔力を封じる枷がはめられ、冷たい感触が体温を奪っていく。
馬車が進むにつれて、慣れ親しんだ学園の気配は遠ざかり、代わりにひんやりとした森の匂いが鼻をついた。
(……うちは、死ぬんかな。それとも、死ぬより酷い目にあわされるんかな)
ぼんやりと、そんなことを考える。
エドウィンが言っていた「実験」。アルビノエルフの稀有な魔力を利用するという、非人道的な行い。
その果てに待っているのがどんな運命なのか、想像するだけで身の毛がよだつはずなのに、不思議と心は凪いでいた。
恐怖も、悲しみも、何も感じない。
まるで分厚い氷の膜が心を覆ってしまったかのように、全ての感情が麻痺していた。
(もう、どうでもええ……)
ミカゲの愛は、三百年前の少女への贖罪だった。
自分が彼にとって、本当にかけがえのない存在だったわけではなかった。
ただの、都合のいい「代わり」。
その事実が、まふゆの心を完全に砕いてしまった。
信じていたものが、足元から崩れ落ちる音を聞いた。大切にしていた温かい思い出が、色褪せた偽物だったと突きつけられた絶望。
もう、何も信じられない。誰も信じたくない。
それならいっそ、このまま全てが終わってしまえばいい。
「……まふゆ」
隣から、か細い声が聞こえた。
アリスが、不安げにまふゆの背中に寄りかかってくる。
「……寒い……?」
「……ううん」
アリスは小さく首を振る。
「まふゆが……どこかに行っちゃいそう……」
その声は、迷子になった子供のように心細げだった。いつもはまふゆが守ってくれた。そのまふゆが、今はまるで魂の抜けた人形のようで、アリスにはそれが何よりも怖かった。
まふゆは何も答えられなかった。
アリスを安心させる言葉も、温かい微笑みも、今の彼女には何一つ持ち合わせていない。
ただ、背中に伝わる小さな温もりだけが、自分がまだ生きていることを嫌でも実感させた。
馬車は薄暗い森の奥深くへと進んでいく。
これから自分たちがどこへ連れて行かれ、何をされるのか。
そんな未来さえ、今のまふゆにはどうでもいいことのように思えた。
ただ、揺れる馬車の中で目を閉じ、終わりのない闇に身を委ねるだけだった。




