29-12
「……もう、ええ。どうでも……」
まふゆの声は、全ての感情が燃え尽きた灰のように虚ろだった。
涙さえも枯れ果て、ただ虚無だけが彼女の心を満たしている。エドウィンに腕を掴まれたまま、彼女はもはや抵抗する気力さえ失っていた。
自分は何のために生きているのか。
ミカゲの愛は、全て幻だったのか。
自分という存在は、三百年前の誰かの影を追うための、都合のいい代用品だったのか。
もう、何も考えたくない。
何も感じたくない。
「まふゆ……!」
シャノンの悲痛な叫びが響く。
レオンハルトも、セリウスも、全員がまふゆの名を呼んでいた。
だが、その声はまふゆの心には届かない。彼女はただ、人形のようにエドウィンに引きずられるまま、その場を動こうとしなかった。
「……まふゆ」
アリスもまた、白檻会の兵に腕を掴まれていた。
彼女は感情の乏しい瞳で、隣のまふゆを見つめる。いつもなら、まふゆが自分を守ってくれた。温かい言葉をかけてくれた。優しく微笑んでくれた。
でも、今のまふゆは、もう誰も見ていない。
「……行くぞ」
エドウィンが冷たく命じると、白檻会の兵たちが一斉に動き出す。魔法陣を出し、光の扉を出現させる。
エドウィンはまふゆとアリスを引きずり、その扉へと向かう。
「待て……!待てっ!」
レオンハルトが吼え、剣を抜こうとした。だが、彼の前に立ちはだかる白檻会の兵が、その動きを阻む。セリウスも魔術を詠唱しようとするが、同じく数で押さえ込まれていた。
「まふゆ!お願い、目を覚まして!」
「まふゆ、頼む……!こんなところで諦めるな!」
仲間たちの叫びが、遠くなっていく。
まふゆの視界は、もはや何も映していなかった。ただ、床の石畳だけが、ぼんやりと目の前を流れていく。
そして──扉が閉まる音がした。
白檻会の兵たちは、まふゆとアリスを連れて、学園の敷地から姿を消した。
後に残されたのは、仲間を守れなかった者たちの、絶望と怒りと後悔だけ。
「……くそっ!くそおおおおっ!」
レオンハルトが床を拳で叩きつける。その目には、悔しさの涙が滲んでいた。
セリウスも、シャノンも、誰もが無力感に打ちひしがれていた。
だが、その中で、ただ一人。
ミカゲだけは、その場に膝をついたまま、ただ虚空を見つめていた。
彼の瞳には、何の光も宿っていない。
まるで、三百年前のあの日と、全く同じように。
「……俺は」
ミカゲの唇から、震える声が漏れる。
「また……守れなかった」
その声は、絶望に染まっていた。
三百年の時を経ても、彼はまた同じ過ちを繰り返した。
大切な人を、目の前で、奪われた。
第二十九話・了




