29-5
凛とした、それでいて底冷えのするような声が、部屋に響き渡った。
ミカゲの動きが、ぴたりと止まる。
声の主は、吹き飛んだ扉の向こう、廊下の闇の中に立っていた。月明かりがそのシルエットをぼんやりと浮かび上がらせる。
それは、先程までの雑兵とは明らかに格の違う、静かで強大なプレッシャーを放っていた。
男はゆっくりと部屋に入ってくる。その顔もまた白い仮面で覆われていたが、装束の質や立ち振る舞いが、彼が指揮官クラスであることを示していた。
「見事な腕だ。噂に聞く影人の技、まさに変幻自在というわけか。だが……」
男は言いながら、懐から一つの球体を取り出す。
「光の前では、影は力を失う」
男が球体を掲げた瞬間、閃光が迸った。
目も眩むほどの強烈な光が部屋全体を包み込み、あらゆる影を消し飛ばす。
「ぐっ……!?」
ミカゲの身体が、強制的に実体へと引き戻された。影への潜行能力を無効化され、彼は光の中で完全に無防備な姿を晒すことになる。
それは、彼の最大の武器を奪われたことを意味した。
「クロ!」
ユキの悲鳴が響く。
ミカゲは即座に体勢を立て直し、短刀を構えて男を睨みつけた。だが、その表情には焦りの色が隠せない。
「お前たちの狙いは、この姫か」
ミカゲは低く問いかける。
「いかにも。希少なるアルビノエルフ、我ら白檻会の研究にとって、これ以上ない至宝だ」
仮面の男は平然と答えた。
「小僧、お前もだ。影人の一族もまた、我々の『保護』対象となった。お前の一族は、今頃我々の手によって掃討されている頃合いだろうよ」
「……なんだと?」
ミカゲの瞳が、激しい怒りに揺らぐ。
一族が?掃討されている?
その一瞬の動揺が、命取りだった。
男の背後から、無数の白装束たちが雪崩れ込むように部屋へとなだれ込んできた。彼らは光の球体が作り出す影のない空間で、一切の躊躇なくミカゲとユキを取り囲んでいく。
十人、二十人……その数はあまりに多い。
「くそっ……!」
ミカゲはユキの前に立ち、四方八方から迫る敵を睨みつけた。一人や二人ならまだしも、この数、そして影が使えない状況では、どうにもならない。絶望的な数の差だった。
「さあ、姫。我々と共に来ていただこう」
仮面の男が、ユキへと手を差し伸べる。
ユキは恐怖に震えながらも、ミカゲの背中に隠れ、男を強く睨み返した。
「嫌よ!あなたたちのような者に、誰が……!」
「ならば、力づくだ」
男が冷たく言い放った瞬間、白装束たちが一斉に二人へと襲いかかった。




