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その声は、部屋の影という影から響き渡るようだった。
白檻会の男たちが、声の主を探して警戒を強める。その瞬間、一人の男の背後にあった影が、まるで生き物のように蠢いた。
「なっ──!?」
男が振り返るよりも早く、影の中から漆黒の刃──ミカゲの短刀が、音もなく突き出された。狙いは寸分違わず、鎧の隙間である首筋。男は悲鳴を上げる間もなく、その場に崩れ落ちた。
「貴様……!」
仲間がやられたのを見て、残りの男たちが一斉にミカゲの方を向く。
しかし、そこにミカゲの姿は既になかった。彼は再び影に溶け込み、次の標的の死角へと移動している。
「どこだ!どこに消えた!?」
「気をつけろ!影に潜るぞ!」
男たちの焦りの声が響く中、ユキは部屋の隅で息を殺していた。
目の前で繰り広げられる光景が、信じられなかった。
(これが……クロ……?)
いつもは自分の隣で、ただ静かに話を聞いているだけの少年。
少し意地悪をすれば不満そうに口を噤み、詩集を読んで聞かせれば退屈そうにする、ただの子供だと思っていた。
だが、今の彼は違う。
闇そのものを味方につけ、死を振りまく災厄。影から影へと音もなく移動し、敵の命を的確に刈り取っていく。その動きには一切の無駄がなく、恐ろしいほどに洗練されていた。
あれこそが、彼の本来の姿。
一年前、自分の命を奪いに来た、暗殺者としての姿。
「うわあああっ!」
また一人、新たな悲鳴が上がる。
ミカゲは天井の影から逆さまに現れ、別の男の背後から襲いかかっていた。目にも留まらぬ速さで急所を切り裂くと、床に着地する前に再び姿を消す。
まるで、死の舞踏。
あまりの神業に、ユキは恐怖さえ忘れ、ただ呆然と見入っていた。
「くそっ、このガキ……!」
残った男たちは二人。彼らは背中合わせになり、全方位を警戒する。
だが、それは無意味な抵抗だった。
「──遅い」
冷たい声と共に、二人の足元の影から無数の黒い棘が突き出し、彼らの足を貫いた。
「ぐっ……!?」
「足が……!」
動きを封じられた二人の前に、ミカゲがゆっくりと姿を現す。その両手には、血に濡れた短刀が逆手に握られていた。
彼の黒曜石の瞳には、もはや何の感情も映っていない。ただ、任務を遂行する機械のような冷徹さだけがそこにあった。
「……すごい」
思わず、ユキの唇から感嘆の声が漏れた。
私を守ってくれている。
あのクロが、私のために戦ってくれている。
その事実が、恐怖よりも強い高揚感を彼女にもたらした。
ミカゲが、とどめを刺そうと最後の一歩を踏み出した、その時。
「──そこまでだ、影人の小僧」




