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白の少女はこの世界に愛される  作者: 有氏ゆず
第二十九話 少女は影に愛されない
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29-4




その声は、部屋の影という影から響き渡るようだった。

白檻会の男たちが、声の主を探して警戒を強める。その瞬間、一人の男の背後にあった影が、まるで生き物のように蠢いた。


「なっ──!?」


男が振り返るよりも早く、影の中から漆黒の刃──ミカゲの短刀が、音もなく突き出された。狙いは寸分違わず、鎧の隙間である首筋。男は悲鳴を上げる間もなく、その場に崩れ落ちた。


「貴様……!」


仲間がやられたのを見て、残りの男たちが一斉にミカゲの方を向く。

しかし、そこにミカゲの姿は既になかった。彼は再び影に溶け込み、次の標的の死角へと移動している。


「どこだ!どこに消えた!?」

「気をつけろ!影に潜るぞ!」


男たちの焦りの声が響く中、ユキは部屋の隅で息を殺していた。

目の前で繰り広げられる光景が、信じられなかった。


(これが……クロ……?)


いつもは自分の隣で、ただ静かに話を聞いているだけの少年。

少し意地悪をすれば不満そうに口を噤み、詩集を読んで聞かせれば退屈そうにする、ただの子供だと思っていた。


だが、今の彼は違う。

闇そのものを味方につけ、死を振りまく災厄。影から影へと音もなく移動し、敵の命を的確に刈り取っていく。その動きには一切の無駄がなく、恐ろしいほどに洗練されていた。


あれこそが、彼の本来の姿。

一年前、自分の命を奪いに来た、暗殺者としての姿。




「うわあああっ!」


また一人、新たな悲鳴が上がる。

ミカゲは天井の影から逆さまに現れ、別の男の背後から襲いかかっていた。目にも留まらぬ速さで急所を切り裂くと、床に着地する前に再び姿を消す。


まるで、死の舞踏。

あまりの神業に、ユキは恐怖さえ忘れ、ただ呆然と見入っていた。


「くそっ、このガキ……!」


残った男たちは二人。彼らは背中合わせになり、全方位を警戒する。

だが、それは無意味な抵抗だった。


「──遅い」


冷たい声と共に、二人の足元の影から無数の黒い棘が突き出し、彼らの足を貫いた。


「ぐっ……!?」

「足が……!」


動きを封じられた二人の前に、ミカゲがゆっくりと姿を現す。その両手には、血に濡れた短刀が逆手に握られていた。


彼の黒曜石の瞳には、もはや何の感情も映っていない。ただ、任務を遂行する機械のような冷徹さだけがそこにあった。




「……すごい」


思わず、ユキの唇から感嘆の声が漏れた。

私を守ってくれている。

あのクロが、私のために戦ってくれている。

その事実が、恐怖よりも強い高揚感を彼女にもたらした。


ミカゲが、とどめを刺そうと最後の一歩を踏み出した、その時。




「──そこまでだ、影人の小僧」




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