表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白の少女はこの世界に愛される  作者: 有氏ゆず
第二十九話 少女は影に愛されない
331/424

29-1




ユキは窓辺の長椅子に腰かけ、彼が現れるのを待っていた。


昨夜の出来事が、まだ鮮明に胸に残っている。拒絶された痛みと、それでも繋ぎ止められた微かな絆。その両方が、彼女の心を落ち着かなくさせていた。


もし、彼が来なかったら。

今度こそ、本当にひとりぼっちになってしまう。


そんな不安が胸をよぎるたび、彼女は強く唇を噛み締めた。




だから、彼の姿が影から現れた瞬間、ユキの心には安堵の波が静かに広がった。


「……こんばんは、クロ」


いつもより少しだけ、優しい声が出た。

ミカゲは何も答えない。ただ、昨夜と同じように、部屋の隅の影から動こうとはしなかった。その距離が、まだ彼の中に残る強い警戒心と拒絶を表している。


しかし、ユキはそれを咎めなかった。むしろ、その距離が今の二人にとっては心地良いとさえ感じた。


「昨日は、ごめんなさい。……少し、我儘を言い過ぎたわ」


意外な言葉だった。

少なくとも、ミカゲの知る姫君は、決して謝罪など口にする人間ではなかったはずだ。

彼の黒曜石の瞳が、わずかに揺れる。




ユキは自嘲するように小さく笑った。


「私ね、欲しいものは何でも手に入ってきたの。でも、心だけは思い通りにならないのね。……あなたの心も」


彼女は立ち上がると、ミカゲのいる隅とは反対側のバルコニーへと歩いていく。

昨夜のように、彼に近付こうとはしなかった。


「……無理にとは言わないわ。あなたが話したくないのなら、それでもいい。私が一方的に話すだけ。……でも、そこにいて。私の声が届く場所に、ただいてくれるだけでいいの」


その声は、懇願でも命令でもなく、ただ静かな願いだった。

夜風がバルコニーから吹き込み、彼女の白い髪を優しく揺らす。


ミカゲは、ただ黙ってその姿を見ていた。

道具でいろ。感情を殺せ。

一族の教えが、頭の中で警鐘のように鳴り響く。


だが、目の前の少女が放つ、か弱くも必死な光から、どうしても目を逸らすことができなかった。




やがて、彼は影の中から一歩、踏み出した。

部屋の明かりが届く場所へ。

それはほんの小さな一歩だったが、二人を隔てていた見えない壁を、彼自身が越えた瞬間だった。


その姿を認め、ユキの唇に、満月のような優しい笑みが浮かんだ。


「ありがとう、クロ」


その夜も、二人は言葉を交わさなかった。

ただ、ユキはぽつりぽつりと、日中の出来事や、昔読んだ本の話をした。ミカゲは部屋の中央に立ったまま、ただ静かにその声を聞いていた。


だが、その沈黙は、もはや拒絶の色を帯びてはいなかった。

それは、傷ついた二つの魂が、互いの存在を確かめ合うような、穏やかで、静かな時間だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ