28-7
「……ねえ、明日からも、また来てくれるわよね?」
涙に濡れた声が、静寂に響く。
それは問いかけの形をしていながら、答えを許さない、祈りのような響きを持っていた。
ユキはミカゲの腕を掴んだまま、その黒曜石の瞳を真っ直ぐに見つめる。零れ落ちた涙が、彼女の白い頬を伝い、顎の先で小さな雫になった。
ミカゲは何も言えなかった。
「来ない」と突き放すことも、「来る」と約束することもできない。
腕を掴む彼女の指は、驚くほどか細く、しかし決して離さないという強い意志が込められていた。その熱が、装束越しにじわりと伝わってくる。
ひとりぼっち。
その言葉が、まだ彼の心に重くのしかかっていた。
この姫も、自分と同じなのだろうか。大勢の者に囲まれ、美しい城に住みながら、その魂は孤独の中にいるのだろうか。
理解しがたい感情が、彼の胸の内で渦を巻く。それは同情とは違う、もっと根源的で、無視することのできない何かだった。
ミカゲはゆっくりと視線を逸らし、月明かりが差し込む窓の外に目を向けた。
街の灯りはとうに消え、世界は深い闇と静寂に包まれている。ここではないどこかへ、影に溶けて消えてしまいたい。だが、腕を掴むこの温もりが、それを許さない。
やがて、ミカゲは掴まれていた腕を、ゆっくりと、しかし確かな力で引き抜いた。
ユキの指が、名残惜しそうに離れていく。彼女の瞳に、絶望の色が浮かんだ。
だが、ミカゲは逃げなかった。
彼はただ、ユキに背を向け、バルコニーへと数歩、歩み寄っただけだった。
そして、手すりに片手をかけ、一言だけ、ぽつりと呟いた。
「……もう、夜が明ける」
それは、肯定でも否定でもない、ただの事実。
しかし、その言葉には「今夜はもう終わりだ」という区切りと、「明日」の存在を暗に示す、微かな響きが含まれていた。
ユキは、その背中をじっと見つめていた。
涙はまだ止まらない。だが、彼女の表情からは、先程までの悲痛さが少しだけ和らいでいた。
彼は、逃げなかった。
拒絶しながらも、完全には突き放さなかった。
その事実が、冷え切った彼女の心に、小さな灯火をともす。
「……そう、ね」
ユキは涙声のまま、かろうじて頷いた。
ミカゲは振り返らない。
そのまま手すりを乗り越え、音もなく城壁を伝って闇の中へと消えていく。その動きには、もはや一瞬の迷いもなかった。
一人残された部屋で、ユキはまだ熱の残る自分の指先を見つめていた。
彼の体温。
彼の沈黙。
そして、最後に残していった、短い言葉。
「……来て、くれるのね」
確信にも似た呟きが、静かな部屋に溶けていく。
明日の夜も、彼は来る。
この孤独な城に、私の元へ。
ユキの唇に、涙に濡れたままの、微かな笑みが浮かんだ。
それは、傷つきながらも、ようやく手に入れた絆の温もりを確かめるような、か弱くも確かな光を宿した笑みだった。
第二十八話・了




