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そしてその日から、二人の奇妙な逢瀬は毎晩続いた。
夜の帳が下り、城が深い眠りにつく頃、ミカゲは影に紛れて姫の寝室を訪れる。
それはもはや、彼にとって義務であり、日課となっていた。
最初の数日は、ただバルコニーで隣に立ち、共に月を眺めるだけだった。
ユキは時折、街の灯りや星々のことをぽつりぽつりと話したが、ミカゲは決して相槌を打つことはなく、ただ黙って聞いていた。
彼は己を、話を聞く機能しか持たない『道具』だと定義しようとしていた。感情を交えず、ただ命令された役目をこなす。
それこそが、揺らぎかけた影人としての自分を保つ唯一の方法だった。
しかし、ユキはその壁を、いとも容易く、そして執拗に叩き続けた。
「ねえ、クロ。あなたはどんなものが好きなの? 食べ物とか、色とか」
ある夜、彼女は唐突に尋ねた。
「……ない」
ミカゲの答えはいつも同じだ。好き嫌いなど、生きる上で不要なもの。与えられたものを食し、与えられた服を着る。それだけだ。
「あら、つまらない返事。じゃあ、私が決めてあげるわ。あなたはきっと、甘いものが好きよ。それから、色は夜の色。あなたの瞳みたいに、深くて綺麗な黒がいいわ」
「……勝手に決めるな」
思わず、反論が漏れる。
「あら、嫌なの?じゃあ、あなたの好きなものを教えてちょうだい。そうすれば、訂正してあげる」
ユキは楽しそうに笑って、ミカゲの顔を覗き込む。
それは、狡猾な罠だった。彼が反論すればするほど、彼女のペースに巻き込まれ、『自分』というものを語らざるを得なくなる。ミカゲはぐっと唇を噛み、再び沈黙の中に閉じこもった。
またある夜は、ユキは一冊の古い本を持ってきた。
「これはね、遠い東の国の物語よ。鬼や物の怪が出てくるの。ダークエルフの伝説とはまた違って、面白いわ」
彼女は長椅子に腰かけ、ミカゲを隣に座らせようとした。ミカゲは当然のように拒絶し、部屋の隅の影の中に立っていたが、ユキは気にも留めず、彼にも聞こえるように朗々と物語を読み始めた。
姫の口から紡がれるのは、英雄譚でも、美しい恋物語でもない。奇妙で、少し恐ろしく、そしてどこか物悲しい異国の物語。
ミカゲは聞くつもりなどなかったのに、いつしかその声に、物語の展開に、耳を傾けている自分に気づいた。
「……どうだった? 面白かった?」
物語を読み終えたユキが、満足そうに問いかける。
「……くだらない」
そう吐き捨てるのが、ミカゲにできる唯一の抵抗だった。
「ふふ、口ではそう言っても、ちゃんと最後まで聞いていたじゃない。素直じゃない犬ね、あなたは」




