表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白の少女はこの世界に愛される  作者: 有氏ゆず
第二十八話 月夜の約束
324/424

28-1




次の夜。

月の光が、昨夜よりも幾分か明るくバルコニーから差し込んでいる。

城の侍女たちが退出した後の姫の寝室は、再び静寂に包まれた。


ユキは一人、窓辺の長椅子に腰かけ、ぼんやりと外の闇を眺めていた。

昨夜の出来事が、まるで夢であったかのように、部屋には何の痕跡も残っていない。血に濡れた絨毯も、落ちていた短刀も、全てが片付けられていた。


彼女の右手には、真新しい白い包帯が巻かれている。傷そのものは昨夜のうちに治癒したが、侍女たちに余計な詮索をされぬよう、あえて残しておいたものだ。


(……来るかしら)


ふと、そんな思いが胸をよぎる。

昨夜、彼は逃げるようにして去っていった。影に溶ける、あの不思議な術を使って。


あれは拒絶の意思表示だったのかもしれない。常識的に考えれば、自分を殺しに来た暗殺者が、のこのこと再び姿を現すはずがない。




「……来てくれたら、いいな」


思わず、独り言が唇から零れた。

その声は、自分でも意外なほど、期待に満ちていた。


退屈だった。

アルビノエルフとして生まれた時から、この世界はガラス一枚を隔てた向こう側にあるようだった。


誰もが自分を『姫君』として扱い、腫れ物に触るように接する。あるいは『忌み子』として遠巻きに蔑む。

誰も、ユキという一人の少女として向き合ってはくれなかった。


だが、彼は違った。

あの少年──クロは、明確な殺意を持って自分に牙を剥いた。彼の瞳には、ただ『標的』としての自分しか映っていなかった。


それが、なぜか心地よかった。初めて、対等な生き物として扱われた気がしたのだ。


(本当に、面白い犬……)


彼の、あの黒曜石のような瞳を思い出す。

憎しみと怒りに燃えながら、その奥底には捨てられた子犬のような、深い孤独と戸惑いの色が揺れていた。


だから、思わず手を伸ばしてしまった。壊れかけた玩具を見つけた子供のように、どうしようもなく興味を惹かれてしまったのだ。


「……もし来なかったら、こちらから探しに行かないとね」


ユキはくすりと笑い、包帯の巻かれた右手を軽く握りしめる。

昨夜の、刃を掴んだ瞬間の鋭い痛み。腕を貫かれた時の衝撃。それら全てが、彼女の退屈な日常に鮮烈な色を与えてくれた。


約束。いいえ、あれは命令。

私の『クロ』になったのだから、主の命令には従うはず。


そう自分に言い聞かせながらも、心のどこかで不安がさざ波のように広がるのを感じていた。

もし、彼が二度と現れなかったら。


せっかく見つけた、世界でたった一つの面白い玩具を、もう失ってしまったとしたら。




その時だった。


部屋の隅、光の届かない最も深い影が、不自然に揺らめいた。

ユキは息を殺し、そっとその影を見つめる。


やがて、その影の中から、まるで滲み出すように一つの人影がゆっくりと姿を現した。

昨夜と同じ、闇色の装束。


そして、戸惑いと警戒心を隠せないまま、こちらをじっと見つめる黒曜石の瞳。


──来た。


ユキの唇に、満月のような笑みが浮かんだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ