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白の少女はこの世界に愛される  作者: 有氏ゆず
第二十七話 アルビノエルフ
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27-4




殺したいか、殺したくないか。そんな選択肢は、ミカゲの人生に存在しなかった。

影人とは、依頼主の意を汲み、標的を仕留めるための道具。そこに自らの意思が介在する余地など、あってはならないのだ。


ミカゲは唇を固く引き結び、憎悪の炎を宿した瞳で目の前の姫を睨み据える。

だが、ユキから注がれる温かい魔力は、身体の自由だけでなく、心の強張りさえもゆっくりと解きほぐしていく。焦燥感がミカゲを駆り立てた。




「……離せ」


ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほどか細く、掠れていた。

その弱々しい抵抗を聞いて、ユキはくすりと小さく笑う。彼女の笑い声は、まるで銀の鈴が転がるようだ。


「あら、やっと口を利いてくれたのね。でも、嫌よ。離したら、また私を殺そうとするでしょう?」


ユキは楽しげに言うと、しゃがんだままミカゲの顔をさらに覗き込んだ。

血の気の失せた白い頬、固く閉ざされた唇、そして菫色の瞳を映す黒曜石のような瞳。その全てを、慈しむように見つめる。


「あなたのその目、とても綺麗ね。憎しみで燃えているのに、奥底は氷みたいに静かだわ。……ねえ、クロ。あなたはまだ、とても若い。どうしてこんなことをしているの? 誰かに命じられたの?」


矢継ぎ早に投げかけられる言葉が、ミカゲの心を乱す。

一族の掟。与えられた任務。それ以外に、彼の行動理念は存在しない。


だが、この姫は違う。まるで一個の人間として、自分に問いかけてくる。




(……やめろ)


心を揺さぶるな。思考を乱すな。俺は影人だ。感情など不要。

ミカゲは残った力を振り絞り、短刀を握る手に力を込めた。


その微かな殺気を感じ取ったのか、ユキはふっと表情を消し、静かに立ち上がった。そして、血の滴る左腕を無造作に掲げる。


「……そう。どうしてもやるというのなら、好きになさい」


彼女の白い指先から、淡い光が溢れ出す。光は傷口を包み込み、見る間に裂かれた皮膚を塞ぎ、失われた血を取り戻していく。最上級の治癒魔術。アルビノエルフだけが使える奇跡の御業。


完全に元通りになった腕を下ろし、ユキはミカゲに向かって両手を広げた。


「さあ、来なさい、クロ。今度こそ、その刃で私の心臓を貫いてみなさい。もう魔術は使わない。あなたを止めるような真似も、もうしないわ」


無防備に晒された胸。挑発的でありながら、どこか諦観を滲ませた菫色の瞳。

その姿は、ミカゲの理解を完全に超えていた。

なぜだ。なぜ殺されると分かっていて、抵抗しない。なぜ、自分を殺そうとしている相手に、そんな目を向ける。


混乱が、ミカゲの思考を支配する。

任務を遂行しなければならない。掟を破ることは、一族からの追放、すなわち死を意味する。

それでも、足が動かない。刃を振り上げることができない。


目の前の少女が、ただの「標的」ではなくなってしまったから。




「……できないの?」


ユキの声には、失望の色が混じっていた。


「そう。やっぱり、あなたには誰も殺せない。……あなたの瞳は、あまりにも優しすぎるもの」


その言葉は、呪いのようにミカゲの心に突き刺さった。

影人として生まれ、情を捨てたつもりの自分に、「優しい」などという言葉が向けられること自体が、最大の侮辱だった。


「……黙れッ!!」


感情の爆発と共に、ミカゲは床を蹴った。

もはや任務のためではない。己の存在を否定されたことへの、純粋な怒り。


闇よりも速く、死よりも冷たい一撃が、今度こそユキの胸へと吸い込まれていく──。




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