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ミカゲは音もなく寝台に近づく。
その呼気は浅く、静かだ。熟睡している証拠。任務は容易い。そう判断し、腰に差した短刀を抜き放つ。闇の中で、鍛え上げられた鋼が冷たく光った。
急所は心臓。一突きで終わらせる。
彼は腕を振り上げた。これまで幾度となく繰り返してきた訓練の動き。寸分の狂いもなく、刃は白いシーツの膨らみに向かって振り下ろされる。
──その瞬間。
ばさりと、音を立ててシーツが跳ね上げられた。
寝台にいたはずの人影が、まるで幻だったかのように消え失せる。
「!?」
ミカゲの思考が、生まれて初めて驚愕によって凍り付いた。
気配は完全に消していたはず。呼吸も、心音も。何故、気づかれた?
視線を巡らせた彼の目に、信じがたい光景が飛び込んできた。
部屋の隅、窓から差し込む僅かな光が届かない深い闇の中に、白い影が佇んでいた。
雪のように白い髪。月光を吸い込んだかのような白い肌。
そして、その影がゆっくりと顔を上げた時、闇の中で二つの菫色が、まるで宝石のように妖しく輝いた。
それは、寝台で眠っていたはずの姫、ユキだった。
彼女は、眠ってなどいなかった。最初から起きていて、ミカゲが部屋に侵入したことに気づいていたのだ。
「……随分と静かなお客さんね」
鈴を転がすような、しかしどこか芯の通った声が、静寂を破った。
第二十六話・了




