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ミカゲは任務に必要な最低限の装備を整えると、その日のうちに里を発った。
ダークエルフの王国は、深く険しい山脈の奥、光の届きにくい谷間に築かれているという。
影人である彼にとっては、むしろ好ましい環境だった。
道中、彼は一切の感情を排し、思考を任務遂行のためだけに集中させた。
標的は、ダークエルフの姫。アルビノエルフ。名はユキ。齢十五。
戦闘能力は皆無。だが、王族である以上、警備は厳重。
依頼主は王国の民。内通者の存在も考えられるが、期待はしない。頼れるのは己の技のみ。
数日をかけ、彼はダークエルフの王国が見える山の尾根に到達した。
谷底に広がる街は、黒曜石や黒水晶を多用した、荘厳でどこか冷たい印象を与える建造物で構成されている。
街の中心に聳え立つ城が、姫の住まう場所だろう。
ミカゲは夜を待った。
新月の夜。空には星もなく、雲が厚く垂れ込めている。闇が世界を支配する、影人にとって最高の夜。
彼は音もなく闇に溶け込み、崖のような城壁を、まるで地を這うように登っていく。指先のかすかな凹凸だけを頼りに、重力を感じさせない動きで。
城内は静まり返っていた。
警備の兵士はいるが、その配置、巡回ルートには隙がある。彼らは光と音に頼りすぎている。真の闇を知らない。
ミカゲは影から影へと渡り歩き、生命の気配すら完全に消して城の最奥を目指す。
姫の寝室は、最上階の一番奥にあるという。
やがて、ひと際豪奢な扉の前にたどり着いた。
扉の前には二人の屈強な衛兵が立っている。だが、ミカゲは扉を使うつもりなどなかった。
彼は廊下の天井に張り付き、ヤモリのように壁を伝って、姫の部屋に面したバルコニーへと向かう。
バルコニーの扉には鍵がかかっていたが、針金一本あれば十分だった。
カチリ、と微かな音を立てて錠が開く。
音もなく室内へ滑り込むと、そこには天蓋付きの豪奢な寝台があった。
月明かりもない暗闇の中、ミカゲの目は夜の闇に慣れている。
寝台の上、白いシーツの中に、微かに人影が盛り上がっている。
──あれが標的。




