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ガラスが砕けるような澄んだ音が、驚きに静まり返った中庭に響き渡る。
レオンハルトの剛剣も、セリウスの魔術も通じなかったはずの結界。その表面に、アリスの小さな拳が叩きつけられた一点から、放射状に亀裂が広がっていく。
その光景に、レオンハルトやセリウスはもちろん、周囲で見守っていた生徒たちも、信じられないものを見るかのように目を見開いた。
「嘘……だろ……?」
「あの結界に……ヒビが……」
アルテスの顔から、余裕の笑みが完全に消え失せる。彼は自身の作り出した結界と、息を切らしながらも毅然と佇むアリスを、交互に見て絶句していた。
結界を殴りつけたアリス自身も、己の拳が生み出した結果に驚いているのか、ぱちぱちと瞬きを繰り返している。
そして、その異常な事態を目の当たりにした中で、ただ一人──エドウィンだけが、恍惚とした表情を浮かべていた。
「──素晴らしいッ!!」
歓喜に満ちた声が、彼の口から漏れ出る。
その声はもはや、いつもの穏やかな教師の仮面をかなぐり捨て、隠していた本性を露わにしていた。
彼の緑色の瞳は、狂的なまでの熱を帯びてまふゆとアリスを捉えている。
「まさか、これほどとは……!アルビノエルフの白魔術と、素体の魔力親和性が、ここまで高いとは予想以上だッ!」
エドウィンの口から飛び出した「素体」という非人間的な言葉に、セリウスがハッと顔を上げた。
「素体……?先生、今……」
だが、エドウィンはセリウスの問いなど聞こえていないかのように、自身の計画の成功に酔いしれていた。
彼の視線は、まふゆの純粋な白魔術の光を浴びたアリスが、白檻会の技術の粋を集めた結界を破壊したという「事実」に釘付けになっている。
(成功だ……!これで証明された!アルビノエルフの魔力は、あえて不安定に調整したこのホムンクルスと融合させることで、規格外の力を生み出す!ただのエルフではこうはいかない。やはり、アルビノでなければ……!)
彼の脳裏には、まふゆの慈愛に満ちた聖なる魔力と、アリスという空っぽの器に満たされた膨大な魔力が完全に一つとなり、神の領域にさえ踏み込む新たな力を生み出す未来予想図が、鮮明に描かれていた。
その力を手に入れさえすれば、自分を虐げた世界そのものを、人間として支配できる。
ハーフエルフという忌むべき血からの完全な解放。その歪んだ野望が、今、現実のものになろうとしていた。
「くくく……ははは、アッハハハハハ!」
抑えきれない高笑いが、中庭に響き渡る。
その異様な光景に、生徒たちは恐怖に顔を引きつらせた。
「先生……? どうしたんですか……?」
戸惑う生徒の一人が声をかけるが、もはやエドウィンの耳には届いていない。
「まふゆ……君は本当に、最高の『果実』だ……。そして、アリス君……君は、その果実の味を最大限に引き出す、最高の『器』だよ……!」
ねっとりとした欲望を隠そうともしない声で、エドウィンがまふゆとアリスに語りかける。
その言葉の意味を完全には理解できずとも、まふゆは肌が粟立つような強烈な嫌悪感に襲われた。
「な、何を……言うてはるんですか……?」
震える声で問い返すまふゆを、ミカゲが背後から庇うように一歩前に出る。その手は、すでに腰の暗器に添えられていた。
レオンハルトとセリウスも、完全に敵意を剥き出しにしてエドウィンと、そして彼と通じているアルテスを睨みつける。
状況は、もはや「授業」などという体裁を保ってはいなかった。
教師の仮面を脱ぎ捨てた狂気の研究者と、その実験台として狙われる少女たち。
学園という名の檻の中で、絶望的な対立の火蓋が、今まさに切って落とされようとしていた。




