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アルテスの言葉は、静かだが確かな悪意を伴って、まふゆの耳に突き刺さった。
アリスを指名された瞬間、彼女の背後で空気が凍てつく。ミカゲだけでなく、レオンハルトやセリウスの警戒心も一気に頂点に達したのがわかった。
(アリスさんにこの結界を攻撃させる……?この子は魔力の制御がまだ苦手やのに……!それに、アリスさんの魔力は、普通と違う……!もし暴走でもしたら……!)
不安が胸を締め付ける。アリスの持つ魔力が、通常の魔術とは質が異なる、膨大で不安定なものであることを、共にクエストをこなしてきた仲間たちは知っている。
それを、こんな得体の知れない結界にぶつけさせるなど、あまりにも危険すぎる。
まふゆが言葉を発するより先に、アリスがこてん、と首を傾げた。
その無垢な瞳は、自分が何を求められているのか完全には理解していないようだった。
彼女はただ、まふゆの顔をじっと見上げている。その視線が、「どうしたらいい?」と問いかけているようだった。
「……待ってください」
セリウスが冷静だが鋭い声で制止した。
「アリスはまだ魔力の制御に慣れていない。彼女に無闇な攻撃をさせるのは危険です。それに、魔術防御学の授業で、魔術を使えない生徒を試すのは趣旨に反するのでは?」
その理路整然とした反論に、エドウィンは楽しそうに目を細めた。
「おや、セリウス君。君は勘違いをしているようだね。私が言っているのは、何もアリス君に魔術を使え、という話ではない」
エドウィンは、芝居がかった仕草でまふゆを見つめる。
「そう──例えば、君がアリス君に『身体強化』の白魔術をかけてあげればいい。そうすれば、彼女も己の力でこの結界に挑むことができるだろう?アルビノエルフの白魔術が、他の種族にどれほどの力を与えるのか……実に興味深いとは思わないかい?」
(アリスさんに身体強化の魔法を……!)
エドウィンの真意を理解し、まふゆは息を呑んだ。これは、単なる授業などではない。白檻会による、アルビノエルフの能力測定──そのための公開実験なのだ。
そして、その実験台として、自分だけでなく、アリスまで利用しようとしている。
「……ふざけるな」
地の底から響くような、冷たい声がした。ミカゲだった。
彼は一歩前に出ると、その黒曜石の瞳でアルテスとエドウィンを射抜く。その身から放たれる殺気はもはや隠しようもなく、周囲の生徒たちが息を呑んで後ずさるほどだった。
「こいつらに手出しはさせん」
絶対的な拒絶。その言葉に、レオンハルトも力強く頷いた。
「そうだ。これは授業とは言えん。生徒の安全を無視した、ただの悪趣味な見世物だ」
仲間たちの断固とした態度に、まふゆは胸が熱くなるのを感じた。そうだ、自分は一人じゃない。
しかし、アルテスはそんな彼らの抵抗を意にも介さず、困ったように肩をすくめてみせる。
「困りましたね。これはあくまで授業の一環なのですが……。では、こうしましょう。もし、アリス君がこの結界に僅かでも傷をつけられたなら、今日の授業はそこまで。君たちの勝ちで結構ですよ」
その言葉は、挑発だった。
彼らの実力では絶対に破れないという、絶対的な自信に満ちた。
そして、その挑発に、まふゆの隣に立っていた小さな友人が、静かに反応した。
「……まふゆ」
アリスが、まふゆの服の袖をくい、と引いた。
「アリス、やってみたい」
彼女の瞳には、不安の色はなかった。ただ、自分を信じてくれるまふゆの期待に応えたいという、純粋な想いが宿っているように見えた。
(アリスさん……)
仲間たちの顔を見る。レオンハルトもセリウスも、そしてミカゲでさえ、アリスの予想外の言葉に驚きを隠せずにいた。
これは、敵の罠だ。分かっている。
でも、ここでアリスの意志を無視してしまっていいのだろうか。彼女の見せた、確かな「やる気」を、摘み取ってしまっていいのだろうか。




