第四章:鋼鉄の託宣、あるいは亡霊の行軍
緑が生い茂る、人気のない広大な野原。その静寂を切り裂くように、巨大な無限軌道を備えた異形の車両が地を這い、踏み込んできた。
車両の中央に鎮座する、詠唱石で造られた砲台が眩い光を放つ。次の瞬間、放たれた閃光が虚空を貫き、一瞬にして巨木を蒸発させ、遥か遠方の岩山を無残に削り取った。
詠唱石の滑らかな鏡面に、波打つように巨大な「口」が浮かび上がる。その口が開くたび、鏡面が細かく振動し、おどろおどろしい音となって言葉を紡ぎ出した。
『……レイドールよ。やはり、かつての精霊戦車の破壊力には遠く及ばぬようだな』
傍らに立つ、品の良い紳士のようないで立ちをした男——レイドールが、恭しく頭を下げる。
「しかし、ヴァルガス様。あの距離まで届くとは流石でございます。射程距離のみならば、並み居る最新鋭の大砲すら凌駕いたしましょう」
『ふふふ……お前には、二度も助けられたな。一度はリクセンに斬られた時。そしてもう一度は、あの小僧……カスティエルに斬られた時だ』
「二度死に、二度復活される。ヴァルガス様の魂は永遠でございます」
レイドールは乱れ一つない仕草で、礼儀正しく敬意を表した。
『私は学んだよ。やはり、人の肉体というものは窮屈なものだ。反応が遅れ、動きが鈍る。魂を縛り付ける檻に過ぎん』
「仰る通りでございます」
『数は減ったとはいえ、まだ黒本からの生気は衰えてはおらぬ。意識さえあれば、私の魂はこの世に繋ぎ止められるのだ』
「左様で。カベナル王国、そしてヴェネリア王国も、未だ黒本党の配下にございます。さらに勢力を広めましょうか?」
『そうだな……またどこかに拠点を築き、そなたが自由に世界を飛び回れるようにせねばな』
「身に余る光栄にございます、ヴァルガス様」
詠唱石の鏡面に映る巨大な口が、くるりと反転した。今度は、爛々と輝く巨大な「目」が映し出され、周囲を睥睨する。
気品漂う紳士と、自律して自走する鋼鉄の戦車。異様な主従が並んで、広い街道を悠然と進んでいく。
街道の先には、肌がどす黒く変色した魔物たちがずらりと並び、跪いて主を待ち構えていた。彼らは新たな主の姿に、一斉に深く頭を下げる。
鏡面に再び巨大な口が浮かび上がった。
『しかし……死体ほどではないにしろ、この戦車の体も、いささか不便ではあるな』
「お任せください、ヴァルガス様。私が必ずや、相応しい代わりの体を見つけておきますゆえ」
『ふふふ……レイドールよ。お前が言うなら安心だ。私は、実に良い部下を持ったものだ』
「ヴァルガス様が肉体を失われたことは、ただの『学び』に過ぎません。決して無駄ではなかったということです」
『ふむ……なるほどな。その通りだ』
「世界が変わる日が、ほんの少し先延ばしになった……それだけの、些細なことでございます」
『全くだ。レイドール、今後ともよろしく頼むぞ』
「はっ。お任せあれ」
緑が生い茂る街道に、不気味な笑い声が木霊する。
その声は、世界に訪れた平和が未だかりそめのものであり、黒本の脅威が完全に潰えたわけではないことを、冷酷に物語っていた。




