第三章:昇天の箱舟、約束の引越
大きく開けた広場に、巨大な影が降り立つ。
八つのプロペラが巻き上げる猛烈な風が収まると、船底から四つの頑強な脚がせり出し、大地をしっかりと踏み締めた。
船からタラップが下ろされ、バレルとマルコが真っ先に地を踏む。
「な、なんじゃ、あの巨大な鳥は……」
慌てて駆けつけた村の長老と村人たちは、目の前の光景に言葉を失い、ただただ呆然と立ち尽くしていた。
「バ、バレル……本当に戻ってきてくれたのか!」
「言ったでしょう? 必ず助けに来るって」
バレルが不敵に笑うと、その隣に立つ逞しい男を見て、長老の目がさらに大きく見開かれた。
「マルコ……お前まで。信じられん、この村を去って戻ってこれた者は、お前が初めてじゃよ」
「ご無沙汰しています、長老。これも全部、バレルさんのおかげです」
再会を喜ぶ間もなく、バレルは力強く腕まくりをした。
「よし、長老! さっそく『巨大な家』を建てましょう!」
「……家? 何の話じゃ?」
「この船は凄いが、流石に村人全員をそのまま乗せる広さはない。だから、全員が入れる特別な家を建てるんです。……そして、ここで決断してください。この呪われた土地を、山を、捨てるのだと」
長老は村を振り返り、重く、しかし確かな声で答えた。
「……わかった。よし、みんな! バレルの指示に従え! 全力で手伝え!」
村人たちが一斉に集まり、バルドとゴドリックも動きやすい格好で合流する。マルコもまた、誰よりも汗を流して巨木を運び、土を練った。
三日三晩、不眠不休の作業を経て、広場には異様なほど巨大な木造の館が完成した。
すると、長老と村の女たちがその家の傍らで、奇妙な節回しの歌と共に踊り始めた。
「……何をやっているのかしら、あれは?」
甲板から眺めていたイゾルデが、不可解な儀式に眉をひそめる。
「よし! やるぞ!」
バレルの合図と共に、今度は村の男たちが斧や槌を振るい、完成したばかりの巨大な家を次々と破壊し始めた。
「な、何をやっているのよ! せっかく建てたのに、止めて!」
絶叫するイゾルデを、マルコが穏やかな笑みで制した。
「まあ、見ていてください。これが、この村に伝わる『霊工』です」
やがて、巨大な家は「扉」だけが残された一枚の板のような形に凝縮された。バレルたちはそれを慎重に運び、船内の壁へと固定する。
「さあ、入ってみてください」
マルコに促され、半信半疑のイゾルデたちがその扉を開けると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
「……嘘でしょ。なんで、こんなに広いの?」
扉の先には、外観からは想像もつかないほど広大な空間が広がり、いくつもの部屋が整然と並んでいた。精霊工学と村の秘術が融合した、文字通りの「魔法の家」だった。
村人全員が次々とその扉の中へ入って行く。
「残っている奴はいないな?」
バレルとマルコが村の隅々まで見回り、誰もいないことを確認すると、船はゆっくりと浮上を開始した。
船が村を離れた瞬間、背後の山が怒り狂ったように大噴火を起こした。巨大な岩の破片が、逃げる船を狙い澄ましたように襲い来る。
──カチリ。
イゾルデが懐の逆時計を押し、時間を二分間だけ巻き戻した。
「バレル、どいて! 私がやるわ!」
彼女はバレルの手から舵を奪い取ると、咄嗟の判断で舵を切る。船体は空中で華麗に身を翻し、間一髪で岩の直撃を回避した。
滅びゆく故郷が遠ざかっていく。
甲板でその様子を眺めていたマルコが、絞り出すような声で呟いた。
「長老……すみません。こんな形で、村を滅ぼしてしまって」
長老は静かに首を振った。
「……村とは、山のことではない。そこに生きる『人』のことじゃ。お前は、この村を救ってくれた。マルコよ、お前の『破戒僧』の名を返上しよう。今日からお前は、村の高僧として、新たな位を授ける。お前が、歴史上初めての『生還した聖者』じゃ」
「長老……!」
マルコの瞳に、熱い涙が溢れ出した。
「さて……これからどうするの?」
舵を握ったままのイゾルデが尋ねる。
「まずは魔法教会に報告だ。それから、この人たちが安心して暮らせる新しい土地を探さないとな」
バレルはイゾルデの肩をポンと叩き、晴れやかな顔で笑った。
「お前に、この船の舵を任せるよ」
「ふん、面倒くさいわね。……でも、悪くないわ」
イゾルデは不敵に、そして愛おしそうに舵を握り直した。
希望と、救い出された何百もの命を乗せた船は、雲海を突き抜け、輝かしい未来の彼方へと進んでいった。




