第二章:天空の咆哮、あるいは鋼の救済
静寂の里にカイエンとマルコが身を寄せてから、数か月の月日が流れていた。修行の熱気に包まれるこの里に、ある日、珍しい客人が姿を現した。
「ふう……カイエンに貰った地図を頼りに来たが、とんでもない難所だな、ここは」
額の汗を拭いながら、旅装束のバレルが息をつく。里の主となったソウケンが、慇懃な態度で彼を出迎えた。
「これはこれは。遠路はるばる、さぞ大変だったでしょう。さあ、どうぞこちらへ……」
ソウケンの案内で、バレルは奥の客間へと通されていった。
その頃、里の端に位置する切り立った崖の上では、一人の男が風を切っていた。
マルコが鋭い気合と共に土を蹴り、対岸の崖へ向かって渾身のジャンプを放つ。指先が岩肌を捉え、間一髪で這い上がった彼は、荒い息を整えながら空を仰いだ。
「……おーい! マルコさーん! ソウケン様がお呼びですよ!」
下から響く若い弟子の声に、マルコは苦笑いする。
「ひえー! 飛ぶ前に言ってくれよぉ……って、仕方ないか」
彼は再び助走をつけると、今度は迷いのない大ジャンプで戻っていった。
ソウケンの部屋の扉がノックされる。
「入りたまえ」
「失礼します」
顔を出したマルコは、そこに座る人物を見て目を見開いた。
「バレルさん!?」
「よお、マルコ。久しぶりだな。今日は、お前を呼びに来たんだ」
「え? 僕をですか?」
バレルは不敵な笑みを浮かべ、力強く頷いた。
「そうだ。お前がいないと始まらないからな。……お前の村を、救いに行くんだ」
「え!? あの村を? どうやって……」
「説明は後だ。とりあえず、支度をしてくれ」
「あ、はい! 今すぐ!」
マルコは混乱しながらも、弾かれたように自室へ戻り、大慌てで旅の支度を整えた。
険しい山道を抜け、辿り着いた港には、あの見覚えのある流線形の帆船が停泊していた。
「いやー、この船、懐かしいですね」
「やあ、マルコさん。元気そうで何よりだ」
甲板から気さくに声をかけてきたのは、兵士バルドだった。
「え? 皆さんもいらっしゃったのですか!?」
「あら、私もいるわよ。お久しぶりね、マルコ」
イゾルデが、相変わらずの美しい微笑を浮かべて立っていた。ゴドリックもまた、豪快な笑みで彼を歓迎する。
やがて船は静かに港を離れ、沖へと進んでいった。
「よし! そろそろ……飛ぶぞ!」
バレルの伝令が船内に響き渡る。
「またまた……いくらこの船でも、『飛ぶ』なんて大袈裟だなぁ」
マルコが冗談だと思って笑う。しかし、その様子を見るイゾルデやバルド、ゴドリックの顔には、隠しきれないニヤニヤとした笑みが浮かんでいた。
その時、船体が異音を立てて変形を始めた。
自動的に帆が巻き取られて畳まれ、メインポールが格納される。代わりに、船体の左右から新たな支柱がせり出してきた。先端からは鋭い羽が飛び出し、パカっと分かれると、そこにはヘリコプターのようなプロペラが八つ、その姿を現した。
「なんだ? なんだなんだ!?」
マルコがキョロキョロと辺りを見回し、困惑の声を上げる。
次の瞬間、プロペラが高速で旋回を始め、猛烈な風が吹き荒れた。船体は海水を滴らせながら、重力に逆らうようにゆっくりと宙へ浮き上がっていったのだ。
船は、その美しい流線形の本当の意味を証明するかのように、空を切り、風に乗った。
「す……すげえっ!!」
流れる雲の合間から、猛スピードで後ろへ過ぎ去っていく大地を眺め、マルコは子供のように目を輝かせた。
数時間の飛行の後、前方に巨大な山影が見えてきた。
「あ! あれは……!」
「どう? 久しぶりの故郷は。あそこなんでしょ?」
イゾルデが隣に立ち、優しく声をかける。
マルコは何も答えなかった。ただ、刻一刻と近づいてくるその山を見つめていた。
故郷の村を「破戒僧」として追放されてから、数年。
後悔、そして希望……様々な思いが、空を飛ぶ船の上で彼の胸に去来していた。




