第一章:竜翼の羽ばたき、竜騎士の帰還
切り立つ岩肌を縫うように、真紅の鱗を輝かせたドラゴンが華麗に滑空する。
その背に、吸い付くような騎乗姿勢でしがみついているのは、シファ・トランシャント・スティングレイ。
かつて王国を追われた騎士は今、風そのものと化していた。
『……この短い期間で、ここまでついてこれるとはね』
シファの脳裏に、騎竜クレアの鋭い思念が響く。
『普通なら、とっくに振り落とされて死んでいるか、泣いて逃げ帰っているところだわ』
「ふふふ……なめないで、クレア。私たちは元ヴェネリア王国親衛隊の精鋭よ。死ぬ気でやるなんて、最初から決めているわ」
シファの眼下では、部下の一人が並走するドラゴンから鮮やかに飛び降り、巨木の幹を一閃して再び別のドラゴンの背へと飛び乗った。さらに後方では、弓を携えた騎士が乱気流に揺れるドラゴンの上で、次々と矢を放ち、百発百中の精度で標的を射抜いていく。
やがて、広い草原に8体のドラゴンが静かに降り立ち、その背から砂塵を巻き上げて8人の女性騎士たちが舞い降りた。
その時、空を覆う巨大な影が差した。一陣の烈風を纏い、山のごとき体躯を持つドラゴンの長老が草原に降り立つ。
『シファ、励んでいるようだな』
長老の重厚な思念が届くと、8人の騎士たちは即座にシファを先頭にして整列し、一糸乱れぬ動作で膝を突いた。
「長老。我々の修行の成果、貴殿の目にはどう映りますか?」
シファが顔を上げずに尋ねる。沈黙の後、長老の低い声が響いた。
『ふむ……正直に言えば、わしは驚いておる。この短期間でこれほどの連動を見せるとは。いや、動きもさることながら……何より、若いドラゴンたちが、お前たちを心底好いておる。それが一番の証左よ』
「それでは……」
期待に胸を膨らませ、シファが顔を上げる。
『本日を以て、そなたらを正式に「聖輝軍」と認めよう。竜と人が魂を分かつ、伝説の軍勢だ』
「隊長……!」
「やったわ……!」
部下たちが感極まり、堪らずシファのもとへ駆け寄る。
「あなたたち……本当によくやってくれたわ。一人も欠けることなく、この日を迎えられたことは私の誇りよ!」
騎士たちは互いに抱き合い、頬を伝う涙を拭おうともしなかった。長老はその光景を、満足げに細めた目で見つめていた。
『さて……久しぶりに、わが一族の全軍を招集するとしようか』
長老が天を仰ぎ、空を切り裂くような咆哮を轟かせた。
その呼び声に応えるように、四方の岩山から次々と翼が広がった。一瞬にして空が暗い影で覆われ、100体近いドラゴンたちが壮観な編隊を組んで旋回を始める。
「こ、これは……」
唖然とするシファに、クレアの誇らしげな思念が届く。
『ふふふ……これが本当の「聖輝軍」よ。どうかしら?』
「隊長……これ、正直言って、負ける気がしませんね……」
空を見上げた部下が、呆然と、しかし確信を込めて呟いた。
「負けるわけないじゃない。私たちは、世界最強の聖輝軍なんだから!」
シファが不敵な笑みを浮かべ、号令をかける。
「全員、集まって!」
騎士たちが円陣を組み、剣を中央で重ね合わせた。
「私たちは決して負けない! 聖輝軍の名に懸けて、故郷を取り戻すわよ!」
『今夜はゆっくりと体を休めよ……明朝、我々はヴェネリア王国へ進軍する』
長老の力強い宣言が、草原に響き渡る。
「いざ、ヴェネリア王国へ! 必ず、我が祖国を奪還するぞ!」
騎士たちの甲高い勝鬨が、ドラゴンの咆哮と混ざり合い、夕闇の空へと吸い込まれていった。
シファは、胸元に忍ばせた黄金の百合の紋章を強く握りしめた。
その鋭い視線は、遠い山脈を越えた先にある、愛すべきヴェネリアの地を見据えていた。




