第五章:琥珀の宴、静寂なき夜明け
静寂の里、霞の社。
かつては厳しい修行の場であったその広間は今、弾けるような笑い声と芳醇な料理の香りに包まれていた。カイエンとマルコを囲み、里の者たちが入り乱れて賑やかな宴が繰り広げられている。
「はい、マルコ。お待たせしたわね」
サヤが湯気を立てる大皿を運び、マルコの前にそっと置いた。
「わあ、ありがとう! また美味しそうだな、これは」
目を輝かせるマルコの隣に、サヤはすっと姿勢を正して座り直した。
「マルコ。ここまで、本当にありがとう。感謝してもしきれないわ」
サヤは慈愛に満ちた表情で、感謝の意を込めて深く首を垂れた。
「そ、そんな! 俺なんか……」
慌てて向き直り、マルコも背筋を伸ばして恐縮する。
「むしろ僕の方こそ、放浪の身であの時サヤに会わなかったら、目的もなく彷徨っていたはずだ。こちらこそ、ありがとう」
マルコもまた、照れくさそうに頭を下げ返した。
「ふふふ……私たちの料理、お口に合うかしら?」
追加の皿を運んできたコトネが、いたずらっぽく微笑む。
「いや、ここの料理は本当に美味しいですね! びっくりしましたよ、料亭でも開けるんじゃないですか?」
「また、マルコさんったら大袈裟なんだから」
コトネは楽しそうに手を振ったが、マルコは真剣な顔で「いや、本当に」と繰り返した。
「サヤとまた、こうして台所に立てるなんて。こんなに楽しいこと、本当に久しぶりだわ」
コトネが満面の笑みでサヤを見つめると、サヤの瞳も潤んだ。
「ええ……私もコトネと、また一緒に料理ができる日が来るなんて、まるで夢のようよ」
「まだまだ炒め物とかも控えているから、ゆっくりしていてね!」
姉妹のような二人は楽しげに笑い合い、再び奥の厨房へと下がっていった。
卓の上には、新鮮な魚の刺身、彩り豊かな野菜の盛り合わせ、滋味深い煮付け……そして小さな五徳の上では、上等な肉が網で焼かれ、食欲をそそる音を立てている。
「……で、カイエン。これからどうするつもりだ?」
酒を酌み交わしていたソウケンが、ふと真剣な声を漏らした。
カイエンは猪口を傾け、遠くを見るような目で応えた。
「戦いの中で痛感したんだ。俺はまだ、動きが遅い。……だから決めたよ。ここで『影足』の修行をやり直そうと思う」
「ははは! 何を馬鹿な。酒が入って血迷ったか?」
ソウケンは笑い飛ばしたが、カイエンの表情は揺るがなかった。
「お前は既に『壱の太刀』を会得しているじゃないか。生涯に一つと謳われる秘技だ。影足は諦めろ、欲張りすぎるぞ」
「いや、俺はやる。両方を手に入れた『最初の一人』になってやるさ」
「相変わらずだな、お前は……。まあ、いいが」
そこへ、話を聞いていたマルコも身を乗り出した。
「なんだか面白そうですね。僕もここで修行させてもらってもいいですか?」
「お前らな……」
ソウケンは呆れたように肩をすくめた。
「別に構わんが、あまり若い奴らをいじめたりするなよ?」
「そんなくだらねえこと、しねえよ俺たちは」
カイエンが快活に笑い飛ばすと、ソウケンは居住まいを正してカイエンを真っ直ぐに見つめた。
「カイエン……本当にいいのか? お前こそがリクセン様の一番弟子だ。望むなら、ここの『主』の座を譲ってもいいんだぞ」
その言葉に、カイエンは迷いなく首を振った。
「ははは……そういう面倒なのは、お前が得意だろ? 俺よりお前の方が頭もいいし、優れてる。俺はただの剣士でいたいんだ」
「かーっ! お前もリクセン様と同じことを言い放ちやがって! 人の気も知らずに、いい気なもんだよな!」
ソウケンの恨み節に近い叫びに、カイエンとマルコ、そしてソウケン自身も堪えきれず大爆笑した。
静寂の里で、少しも静寂ではない宴が続く。
凍てついた季節は終わり、彼らの前には、どこまでも温かく輝かしい新しい未来の朝が訪れようとしていた。




