第三章:分水嶺の港、約束の祭壇
やがて、美しい流線形の帆船は再びトルニアの港へと滑り込み、静かにその錨を下ろした。
活気を取り戻した港では、バレルの野太い指示の下、次なる航海に向けた物資が次々と運び込まれていく。
「この船は、このまま魔法教会本部へ向かうわ」
イゾルデが、甲板で風に吹かれながら告げた。彼女と二人の兵士、そしてエルムは、戦いの報告と戦後処理のために教会へ。カイエン、サヤ、マルコの三人は、ここで船を降り、恩師の待つ静寂の里へと向かう。
固い絆で結ばれた一行は、ここで二手に分かれることになった。
「エルム……ここでお別れだね」
サヤが、寂しさを隠しきれない様子で言った。
「そうだね……。でも、また会えるよ、きっと」
エルムは込み上げる感情を振り払うように、気丈な微笑みを浮かべた。
「……いろいろあったね」
「そうだね」
「エルムに最初にもらったパン、すごく美味しかったよ」
「あんなこと、まだ覚えているの? パンならいつでもあげるよ」
冗談めかして笑うエルムだったが、その言葉が終わる前に、サヤがたまらず彼を抱きしめた。
「あんなことだなんて……私にとっては、何物にも代えがたい大事な思い出よ……」
エルムもまた、彼女の背中に手を回し、その温もりを確かめるように強く抱きしめ返した。
二人の周りだけ、永遠の時間が流れているかのようだった。
しかし、無情にも出発の時が来る。
「サヤ、元気でね!!」
ゆっくりと港を離れていく船の上から、エルムはちぎれるほどに手を振り続けた。サヤもまた、エルムの姿が見えなくなり、その声が潮騒に消えてしまうまで、ずっと港に立ち尽くしていた。
「……つらいかい?」
隣で静かに見守っていたマルコが、そっと声をかける。
「つらくないって言ったら嘘になるけれど。……でも、これはお互いにとっての、新しい一歩なのよね」
サヤは涙を拭い、前を向いた。
「ああ、そうだ。約束を果たしに行こう。静寂の里へ」
「マルコも……一緒に行ってくれるの?」
「何言ってるんだ、約束だろ? 最後まで見届けるさ」
「ふふ、そうね……ありがとう」
サヤの顔に、いつもの穏やかな微笑みが戻った。
「じゃあ……お願いしていいか、サヤ」
カイエンの言葉にサヤが深く頷き、その刀が空間を鮮やかに切り裂いた。開かれた裂け目の先には、懐かしい静寂の里の風景が広がっていた。
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里の奥深く、亡き師リクセンが祀られている祭壇の前に、カイエンとサヤが立った。
「師匠……ただいま戻りました。最後まで、俺たちを助けていただき……本当に、ありがとうございました」
カイエンは長年愛用した『レプリカ』を祭壇に供え、深々と一礼した。
「師匠……勝手に刀を持ち出して、ごめんなさい。……本当に、ありがとうございました」
サヤもまた、自らの魂とも言える『キリコ』を祭壇に並べ、静かに頭を垂れた。
「サヤ……ありがとう。私との約束、ちゃんと守ってくれたのね」
背後から、コトネが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「そんな……お礼を言うのは私の方だよ。ありがとう、コトネ」
「ふふふ……カイエン、戻って来たのか。どうだ、久しぶりの里の空気は?」
現れたのは、かつての仲間ソウケンだった。
「よう、ソウケン。お前、ここの主を継いだんだって?」
「ああ、いろいろとな。……後で俺の部屋に来いよ。積もる話をしよう」
「ああ、わかった」
カイエンは去りゆくソウケンの背を見送った後、再び祭壇へと視線を戻した。
風に揺れる木々の音だけが響く静寂の中。
彼は再度、心からの感謝を込め、静かに、そして長く黙祷を捧げるのだった。




